
近年、イギリスにおいて「熟年離婚(グレイ・ディボース)」が目立った増加傾向にあります。これは50歳以上、特に65歳以上のカップルによる離婚が増えている現象で、全体の離婚件数が減少している中でも際立って注目されています。平均寿命の延びや女性の社会的地位の向上など、社会構造の変化がその背景にあると考えられます。
本記事では、イギリスにおける熟年離婚の実態、背景にある社会的・経済的要因、法的な留意点、感情面への配慮、そして将来設計における考慮点など、多角的にこの問題を掘り下げていきます。
1. 熟年離婚の増加傾向:数字が語る変化
イギリス国家統計局(ONS)のデータによると、2005年から2015年の10年間で、65歳以上の男性の離婚は23%増加し、女性では実に38%の増加が見られました。さらに2021年には、全体の離婚件数の約25%が50歳以上の夫婦によるものであったという報告もあります。
この現象は「グレイ・ディボース」または「シルバー・スプリッターズ」と呼ばれ、老年期に差し掛かってから離婚を決意する人々を象徴する用語として定着しつつあります。以前であれば、老後は夫婦二人で穏やかに過ごすという考えが一般的でしたが、現在では「残りの人生を自分らしく過ごしたい」という新たな価値観が広がっています。
2. 熟年離婚が増える背景
2-1. 平均寿命の延びと「第2の人生」志向
現代の医療技術や健康意識の向上により、イギリスにおける平均寿命は男性で約79歳、女性で約83歳と長くなっています。退職後も20年以上の時間がある中、「本当に自分が望む人生を生きるには?」と考える人が増加。長年の結婚生活の中で蓄積された不満やすれ違いを見直し、「残された時間をより満足のいく形で過ごしたい」という思いから、離婚という選択肢を選ぶケースが増えているのです。
2-2. 女性の経済的自立と社会進出
過去数十年で女性の社会進出が進み、教育水準や職業的地位が大きく向上しました。これにより、専業主婦として経済的に配偶者に依存する必要がなくなり、「経済的な理由で離婚できない」という壁が取り払われた結果、自己実現を求めて離婚を選ぶ女性が増えています。
また、雇用機会均等法や平等賃金法の整備などにより、女性の収入は増加傾向にあり、年金制度への参加率も上昇。老後に一人で生きていくことが経済的に現実的な選択肢となりつつあります。
2-3. 子育ての終わりと「空の巣症候群」
子供が巣立ち、夫婦二人だけの生活に戻ったとき、共通の目的が失われ、夫婦関係が希薄になるケースが多く見られます。これがいわゆる「空の巣症候群」です。
この時期になると、「これから先もこの人と一緒に過ごしたいと思えるか?」という問いが現実的に迫ってきます。そこで改めて自分の価値観と人生観を見直し、離婚に至るという流れが熟年層で増えているのです。
3. 熟年離婚の法的・経済的な考慮点
熟年離婚は若年層の離婚とは異なり、財産や年金、住居といったより複雑な要素が絡みます。以下にその主要なポイントを解説します。
3-1. 年金の分割と経済的リスク
離婚時にもっとも重要な資産のひとつが年金です。イングランドおよびウェールズの法律では、結婚期間中に蓄積された年金資産は「婚姻財産」とみなされ、分割の対象になります。
しかし、実際には年金の分割請求を行わない女性も多く、経済的に不利な立場に置かれることが問題視されています。熟年女性の中には、自分名義の年金が少ないことから、離婚後の生活が不安定になるケースもあります。
そのため、離婚にあたっては必ず年金アドバイザーやファイナンシャルプランナーの助言を受け、正当な取り分を主張することが重要です。
3-2. 住宅と生活基盤の見直し
長年住み慣れた自宅をどうするかも熟年離婚の大きな論点です。多くの場合、住宅ローンは完済しているため、物理的には共有資産となります。しかし、片方が住み続けるのか、売却して現金化するのかは、今後の生活に直結する重要な判断です。
また、離婚後に新たな住居を購入するには高齢であることがネックになることもあります。銀行ローンの審査では年齢や収入の制限が厳しく、再スタートの難しさが浮き彫りになります。
3-3. 離婚制度の変化:「無過失離婚」の導入
2022年4月には「離婚・解消・別居法(Divorce, Dissolution and Separation Act 2020)」が施行され、イングランドとウェールズでは「無過失離婚」が導入されました。
これにより、どちらかに明確な過失がなくとも「関係が破綻している」と合意すれば、争いを伴わずに離婚できるようになりました。従来のように浮気や虐待などの証拠を提示する必要がなくなったため、熟年世代にとっても心理的な負担が軽減され、離婚を選びやすくなっています。
4. 熟年離婚を考える際のポイント
4-1. 専門家の助言を活用する
離婚に際しては、弁護士や年金アドバイザー、住宅ローンの専門家、ファイナンシャルプランナーなど、多方面の専門家に相談することが不可欠です。年金の分割や不動産の名義変更、生活費の算出など、法律と財務の両面でプロのサポートを受けることで、将来の不安を大きく減らすことができます。
4-2. 感情面のサポートを忘れない
長年の結婚生活の終わりは、感情的にも大きな変化を伴います。孤独感、喪失感、後悔、不安など、さまざまな感情が押し寄せるでしょう。そのため、必要に応じてカウンセリングやサポートグループの利用も検討すべきです。
心のケアは「前向きな第二の人生」を歩むために欠かせないステップです。イギリス国内では、地域ごとの支援団体やメンタルヘルスサービスが利用可能で、個別相談やグループセッションも提供されています。
4-3. 新しい人生設計を描く
離婚は終わりであると同時に、新しい始まりでもあります。再就職やボランティア活動、新しい人間関係の構築、趣味や旅への挑戦など、第二の人生をより豊かにする選択肢は無数にあります。
健康管理もこの時期に見直すべき重要な要素であり、生活習慣の改善や医療保険の加入など、ライフプラン全体の再設計が求められます。
結論:熟年離婚は「後悔」ではなく「再出発」の選択
イギリスにおける熟年離婚の増加は、平均寿命の延び、女性の自立、価値観の多様化など、現代社会の変化を象徴する現象です。
離婚という選択は決して「失敗」ではなく、自分らしい人生を再構築するための「決断」です。その過程には法的・経済的な準備、感情面での支援、将来のライフプランニングが欠かせません。
もし今、離婚を考えているならば、信頼できる専門家の助言を受けながら、未来に向けて前向きな一歩を踏み出すことが大切です。熟年離婚は、人生の終章ではなく、新たな章の始まりです。
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