英国の投資家とデイトレーダーの実態

数字で読む「投資大国UK」のいま

1. 英国における投資家の数

イギリスはヨーロッパ有数の金融市場を持ち、個人投資家の裾野も広い国です。金融行為監督機構(FCA)が2024年に公表した調査によると、イギリスの成人の約39%が何らかの投資商品を保有しています。これはおよそ2,120万人に相当し、実物資産(不動産やアートなど)を除いた「金融商品ベース」だけでも約1,900万人が投資家という計算になります。

投資といっても範囲は広く、株式や投資信託、証券口座を通じた株式・投信ISA(S&S ISA)、社債や英国債、さらには暗号資産や差金決済取引(CFD)などのレバレッジ商品まで含まれます。つまり「投資家」とは、必ずしも株式市場で積極的に売買する人だけを意味するわけではなく、幅広い金融商品を少額からでも保有している人々を総称しています。

2. デイトレーダーはどれくらいいるか

一方で、日本語で「デイトレーダー」と呼ばれる日中の短期売買を繰り返す人々の数は、イギリスでは公的統計としては把握されていません。そこで、デイトレードに近い行動をとる層を推計するために、レバレッジ取引商品であるCFDや「スプレッド・ベッティング」の保有率が参考になります。

FCAの調査では、これらを保有する成人は約0.7%に過ぎません。成人総人口を5,400万人程度とすると、人数にしておよそ38万人。この数値は「CFD口座を持っている人」の数であり、実際に毎日のように取引しているかどうかは別ですが、少なくとも数十万人規模が短期売買に関与していることが推測されます。

もちろん現物株だけで日計り売買を行う個人も一定数存在しますが、それを統計的に切り分けることは難しいため、「CFD保有者数=デイトレーダー層の下限」と考えるのが現実的です。

3. 個人投資家は何に投資しているか

投資対象の分布をみると、最も多いのは上場株式の直接保有で、成人の約19%(約1,030万人)が株式を直接保有しています。ただし、2017年以降やや減少傾向が続いています。

次に多いのが株式・投信ISA(S&S ISA)で、成人の17%(約920万人)が利用しています。これは英国特有の税制優遇制度で、毎年一定額まで非課税で投資できる仕組みです。投資信託そのものを持っている人は成人の約9%(約490万人)で、特に男性が女性の2倍以上の保有率を示しています。

一方で、社債や英国債(ギルト)の保有者は3%程度(約160万人)と小規模ですが、金利上昇局面では一時的に人気が高まりました。ストラクチャード商品を保有する人は2%前後と安定しており、特殊な金融商品の位置づけにとどまっています。

近年特に注目されてきたのが「高リスク商品」の保有率です。暗号資産、CFD、ミニボンド、P2Pレンディング、未上場株などを含めた「ハイリスク商品」保有者は全体の8%強(約460万人)と推計されています。特に暗号資産に関しては調査によって差があり、暗号資産に特化した調査では成人の12%(約700万人)が保有しているという結果が出ています。一方で、網羅的な調査では4%程度にとどまるため、実際の数字はこのレンジにあると考えるのが妥当です。

4. ISA口座と資金の動き

英国ではISA(Individual Savings Account)が投資の大きな窓口となっています。2022/23年度の統計では、ISAに資金を拠出した口座は約1,240万口。そのうち63%がキャッシュISAで、残りが株式・投信ISAや他のタイプのISAです。金利が高い時期にはキャッシュISAが選好されやすく、株式市場が堅調であればS&S ISAに資金が流入するなど、金利と株価の局面によって資金の行き先が変わる傾向があります。

2025年に入ると、利下げ観測や株価の上昇が背景となり、ギルト(英国債)や株式への投資が再び増えていると報じられています。つまり、英国の個人投資家は相場環境に応じて柔軟に商品を乗り換える特徴を持っているのです。

5. 投資プラットフォームの存在感

個人投資家が実際に利用するプラットフォームも巨大な規模を持っています。代表例を挙げると、Hargreaves Lansdownは約188万人のアクティブ顧客を抱え、AJ Bellは62万人、interactive investorは45万人以上の顧客を持ちます。こうした大手プラットフォームが、低コストでわかりやすいサービスを提供することで、投資の裾野が拡大してきました。

一方で、短期売買を志向する層は、IGグループやPlus500といったレバレッジ取引プラットフォームを利用することが多く、こちらは世界規模で数十万のアクティブ口座を抱えています。

6. 個人投資家を支える制度と環境

イギリスの証券市場は、個人投資家の利便性を高める取り組みも進めています。ロンドン証券取引所は、リテール投資家向けのリアルタイム市場データの利用料を無償化し、個人が情報格差なく取引できる環境を整えました。また、リテール注文を板に直接組み込む仕組み(RORB)を導入し、取引の透明性や執行品質を改善しようとしています。

規制当局のFCAも、高リスク商品の広告や販売ルールを厳格化し、消費者保護を重視しつつ投資参加を促しています。こうした制度面の改善は、長期的には個人投資家の増加につながると期待されています。

7. 投資家の属性と行動の特徴

投資家の属性を細かくみると、いくつかの特徴が浮かび上がります。投資信託は男性の保有率が女性の倍以上であり、依然としてジェンダー差が存在します。年齢別では、35歳から54歳の中堅層で直接株式の保有が減少している一方、退職者層では金利上昇を背景に債券投資が増えています。

また、高リスク商品の保有割合に注目すると、暗号資産やCFDなどを持つ人の多くが、それを全体の資産の5%未満に抑えていることが分かります。つまり、興味はあるが資産全体を危険にさらすほどではないという行動パターンが一般的です。

8. まとめ

英国の投資家数は成人の4割近くにあたる2,000万人以上と推計され、これは欧州の中でも高い水準です。一方で、デイトレーダーと呼べる人は数十万人程度にとどまり、投資家全体からすると少数派です。

投資対象は株式や投信ISAが中心で、債券やストラクチャード商品は少数派。暗号資産は調査によって数字が大きく異なりますが、数百万人規模が関与しているのは確かです。さらに、金利や相場状況によってISA内の資金がキャッシュから株式や債券へと移動するなど、マクロ環境に敏感に反応する特徴も見られます。

市場インフラの改善や規制の強化により、今後も個人投資家の環境は整備され、裾野はさらに拡大していくと考えられます。イギリスは「伝統的な株式投資大国」であると同時に、暗号資産やデジタル取引の拡大といった新しい投資トレンドをも取り込みつつあるのです。

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