イギリス人の間では、AI技術が現在のスピードで進化し続けた場合、政治家という存在はもはや不要になるのではないか、という考えが広がりつつあります。
政治家が不貞行為などの不祥事を繰り返し、そのたびに退場していく一方で、AIは淡々と進化を続け、経済合理性に基づいて株価を押し上げている。この対比を見ていると、政治家という職業そのものの存在意義が揺らいでくるのも無理はありません。
この流れの中で、政治家は「社会を良くする存在」ではなく、税金を消費するためだけに存在する、言わば社会の癌のようなものと受け取られ始めています。
興味深いイギリスの大学生データ
非常に興味深いデータがあります。
イギリスの某大学で学生を対象に、「政治家は社会にとって必要な存在か」というアンケートを実施したところ、「必要だ」と回答した学生は、政治学を専攻している学生を除いて、ほとんどいなかったのです。
つまり、政治と直接関わらない一般の人々にとって、政治家はすでに“必要のない存在”として認識され始めているということになります。
では、国政は誰が決めるのか?
次に浮かぶ疑問は、「政治家がいない場合、国の意思決定は誰が行うのか」という点です。
この質問に対して、アンケートに回答した学生の約9割が「AIでいいのではないか」と答えたといいます。
その理由は非常にシンプルです。
- AIは常に中立で、特定の立場に偏らない
- 感情や利権に左右されない
- 国民全体にとって平等な判断を下すことができる
さらに、「AIが決めたことなら文句が出にくい」という意見も多く見られました。
政治家に期待すること自体が間違いなのか
学生たちは、次のようにも語っています。
そもそも国を良くしようという強い意思を持たず、ただ安定した収入を求めて政治家になる人が多い現状では、政治家に期待すること自体が間違っているのではないか、と。
そのうえ、不貞行為を行い、メディアに叩かれ、それでもなお政治家を続ける姿を見せつけられると、真面目に働くことそのものが馬鹿らしく感じてしまうというのです。
欲のない存在という強み
であれば、どうなるか。
一切の経費がかからず、不正も不貞も存在しないAIにすべてを任せた方がいい。
なぜなら、AIには欲がないからです。
権力欲も、名誉欲も、金銭欲もない。
ただロジックとデータに基づいて判断するだけ。
この点において、AIは人間の政治家よりも、はるかに「政治向き」だと考える学生が多いのも自然な流れでしょう。
日本にも求められる視点
日本人も、そろそろイギリスの某有名大学の学生たちが持っているレベルの視点に到達してほしいと感じます。
「今の政治家がダメだから別の政治家を選ぶ」という段階ではなく、
「そもそも政治家という仕組み自体が本当に必要なのか」
そこまで踏み込んで考える時期に来ているのではないでしょうか。
追記:技術ではなく覚悟の問題
付け加えるなら、これは技術の問題ではありません。
人間が“判断を手放す覚悟”を持てるかどうか、ただそれだけの話です。
AIはすでに、選択肢として現実のものになりつつあります。
あとは、人間社会がそれを受け入れられるかどうか――それだけなのです。










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