イギリスの自己破産の実情――件数・原因・立ち直りまでの道のり――

はじめに

「自己破産」と聞くと、日本でも「人生の終わり」のように捉えられることがあります。しかし実際には、過重な借金に苦しむ人を救済するための法的な制度であり、生活再建のための一歩です。イギリスにおいても自己破産は個人債務者の重要な選択肢ですが、制度の位置づけや利用の実態には日本とは異なる特徴があります。
ここでは、イギリス全体で年間どのくらいの人が自己破産しているのか、なぜ人々は破産に至るのか、そして破産から立ち直るにはどのくらいの期間がかかるのかを、生活感のある具体例を交えながら紹介します。


1. イギリスで自己破産する人の数

年間およそ1万人前後

イギリスの自己破産は、国全体で見ると年間およそ1万人前後です。
内訳をみると、人口の大部分を占めるイングランドとウェールズで年間7千〜8千件ほど、スコットランドで2,500件前後、北アイルランドでは数百件といった規模です。

「1万人」という数字は日本と比べると必ずしも多くありません。日本でも自己破産の件数は年間5万件前後ありますから、人口比で考えるとイギリスはむしろ少ない印象です。

自己破産は少数派

ただし注意すべきは、イギリスの「個人倒産制度」には自己破産以外にIVAs(個人ボランタリーアレンジメント)DROs(少額負債救済制度)といった別の手段があることです。
近年はこちらの利用が大幅に増え、全体の約12万人が年間にこれらの制度を利用しているのに対し、「自己破産」を選ぶ人は1割に満たないのです。つまり、自己破産は「最後の手段」として使われることが多いのです。


2. 自己破産の主な原因

では、なぜ人は自己破産に至るのでしょうか。日本と同じように「ギャンブル」「浪費」といったイメージが先行しがちですが、実際にはもっと生活に密着した事情が大きく影響しています。

生活費の高騰

最も大きな理由は生活費の上昇です。ここ数年、イギリスでは光熱費や家賃、食費が高騰し、特に低〜中所得層の家計を直撃しました。
光熱費の未払いは過去最高水準に達し、「電気代を払うか、食費を削るか」という二者択一を迫られる家庭も珍しくありません。こうした必需的な支出が膨らむと、クレジットカードやローンに頼らざるを得ず、やがて返済が回らなくなり破産へと追い込まれます。

収入ショック(失業・病気)

次に多いのが収入の急減です。失業やレイオフ、一家の稼ぎ手の病気やメンタル不調による就労困難などが典型的です。特に自営業や零細ビジネスに従事している人は景気の変動を受けやすく、突然の収入減が返済不能を招くことがあります。

家計管理の困難

「お金の管理ができなかった」という理由も少なくありません。これは単なる浪費だけでなく、複数のローンやリボ払いを抱え込んでしまった結果、返済の優先順位がつけられなくなるケースです。金融知識や経験不足により雪だるま式に借金が膨らみ、破産を選ばざるを得なくなる人もいます。

その他の要因

  • 離婚やパートナーとの別離による家計の分裂
  • 子育てや介護で働き方が制限されること
  • 精神的な病気や依存症(ギャンブルや買い物依存など)

これらが単独というより、複数が重なって破産に至るのが典型です。


3. 自己破産から立ち直るまでの期間

法的な免責は1年前後

イギリスで自己破産を申請すると、通常12か月で「免責」されます。免責とは、残った借金の返済義務が法的に消えることを意味します。スコットランドには「簡易破産」と呼ばれる制度があり、条件を満たすと6か月で免責される場合もあります。

つまり、法的には破産から1年以内に借金から解放されるのが一般的です。日本の自己破産が免責決定まで半年〜1年かかることを考えると、スピード感は大きく変わりません。

収入拠出が続く場合も

ただし、収入に余裕があると判断されれば、免責後も最長3年間「収入の一部を拠出」する義務(Income Payments Agreement/Order)が課されます。この場合、実際に生活が完全に楽になるまでには3〜4年かかることもあります。

信用情報への影響は6年

破産の記録は、信用情報(クレジットレポート)に6年間残ります。その間はクレジットカードやローンの利用が難しく、住宅ローンの新規取得もほぼ不可能です。免責が終わっても、社会的な信用の回復には時間がかかります。

住宅ローン再取得の目安

実務上、住宅ローンを再び組めるのは免責から5〜6年後とされます。早い段階でも借りられる場合はありますが、頭金を多く求められたり金利が高かったりと条件は厳しくなります。

就労や役職の制限

破産中(免責前)は、会社役員になれないなどの制限があります。免責後は多くの制限が解除されますが、金融業など一部の職種では破産歴が長く影響する場合もあります。


4. 立ち直りを早めるためにできること

イギリスでは「破産は再出発の制度」という理解が社会に浸透しており、支援機関も充実しています。立ち直りを早めるためには、以下のような取り組みが有効とされています。

  1. 信用情報を積極的に回復させる
    免責後は選挙人名簿に登録し、光熱費や携帯代をきちんと支払い続けることで「支払い実績」を積み重ねます。少額のクレジットビルダーカードを使って返済履歴を作るのも一般的です。
  2. 家計の黒字化
    免責後はまず生活費を安定させ、緊急資金(数か月分の生活費)を積み立てることが重視されます。これは再び借金に頼らざるを得ない状況を防ぐためです。
  3. 優先支出を確実に払う
    家賃や光熱費、住民税にあたるカウンシルタックスなど、滞納が生活基盤を直撃する支払いを最優先します。イギリスの債務支援団体は「優先債務」と呼び、借金の返済より先に確保するよう強調しています。
  4. 専門の債務相談機関を活用する
    StepChangeやCitizens Adviceといった慈善団体が無料相談を提供しており、多くの人がここで「どう立て直すか」の具体的なアドバイスを受けています。

まとめ

  • イギリスでの自己破産は年間およそ1万人前後。ただし「個人倒産制度」全体では約12万人が利用しており、破産はその一部に過ぎない。
  • 主な理由は生活費の高騰、失業や病気による収入減、家計管理の困難。特に近年は光熱費や家賃の上昇が大きな背景となっている。
  • 破産からの立ち直りは、法的には1年前後で借金から解放されるが、信用情報への影響は6年続く。実際に住宅ローンやクレジットを自由に利用できるようになるには5〜6年かかるのが一般的。
  • イギリス社会では破産は「再出発のための制度」と位置づけられ、慈善団体の支援を受けながら多くの人が生活を立て直している。

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