
子ども時代を彩ったスクリーンの魔法
子ども時代に観た映画というのは、大人になってからも不思議と心に残り続けるものです。ストーリーの断片や印象的な音楽、登場人物のセリフなどが、ある日ふとした瞬間に思い出され、懐かしさと共に微笑みがこぼれる——そんな経験は誰にでもあるでしょう。これはイギリス人にとっても同じこと。むしろ、多くのイギリス人にとって映画は単なる娯楽を超え、文化的アイデンティティや世代間の共通言語とも言える存在です。
本記事では、イギリスで育った人々が「子どもの頃に観て、今でも懐かしくてつい観てしまう映画」について、時代別に取り上げながら、その魅力や背景を掘り下げていきます。
1. 1980年代:VHSと共に育った世代
『チャールズとチョコレート工場(Willy Wonka & the Chocolate Factory, 1971)』
イギリスで根強い人気を誇るのが、ロアルド・ダール原作のこの作品。実はアメリカ制作の映画ですが、原作がイギリスの誇る児童文学であること、そしてジーン・ワイルダーの独特の存在感が、多くのイギリス人の記憶に深く刻まれています。特に80年代にはVHS化され、家庭のテレビで繰り返し再生される定番作品となっていました。
「金のチケット」「オーガスタス・グループのチョコレート川への転落」など、印象的なシーンが多く、今観てもワクワクする作品です。
『ラビリンス/魔王の迷宮(Labyrinth, 1986)』
イギリス出身の音楽アイコン、デヴィッド・ボウイが主演したこの映画も、80年代の子どもたちに強烈な印象を与えました。ジム・ヘンソンによるパペットが織りなす幻想的な世界観は、どこか怖くて、でも魅力的。まるでおとぎ話の中に迷い込んだような感覚を味わえる作品で、「怖かったけど好きだった」と語るイギリス人は多いです。
2. 1990年代:テレビ放送と家族映画の黄金時代
『ホーム・アローン(Home Alone, 1990)』
アメリカ映画ではありますが、1990年代のイギリスのクリスマスには欠かせない存在となったこの作品。ITVやChannel 4など、民放テレビ局で毎年のように放送され、兄弟や親戚が集まる年末年始に家族みんなで観る定番映画となりました。マコーレー・カルキン演じるケビンのユーモラスかつ勇敢な姿に、当時の子どもたちは夢中でした。
『ミセス・ダウト(Mrs. Doubtfire, 1993)』
ロビン・ウィリアムズの名演技が光るこの作品も、90年代のイギリスの家庭で人気を博しました。変装して子どもたちのそばにいようとする父親の奮闘は、ユーモアと感動が絶妙に融合しており、今観ても心を打たれる内容です。特にシングルペアレント家庭が増えていた当時の社会背景と重なり、多くの共感を呼びました。
『マチルダ(Matilda, 1996)』
再びロアルド・ダールの原作作品です。イギリスでは「自分たちの作家」として誇りを持って語られるダールの作品は、どんな映像化作品も注目されます。『マチルダ』はアメリカ映画であるにもかかわらず、そのブラックユーモアや強烈なキャラクター(特にトランチブル校長!)がイギリス人の感性とぴったり一致し、多くの子どもたちの記憶に残る一本となりました。
3. 2000年代:ハリーポッター世代の登場
『ハリー・ポッターと賢者の石(Harry Potter and the Philosopher’s Stone, 2001)』
これはもはや説明不要かもしれません。J.K.ローリングの小説シリーズは、1997年の出版開始以来、瞬く間に世界的現象となりましたが、イギリスにとっては「自国発の世界的ヒット作」という点で格別な誇りがあります。映画版もオール・ブリティッシュキャストで制作され、ロケ地もイギリス各地。小学校で「ハリー・ポッターごっこ」が流行し、魔法の呪文を唱える子どもたちが溢れていた時代でした。
「Platform 9 ¾」や「ホグワーツ特急」など、映画のワンシーンがそのまま大英博物館やキングズ・クロス駅の観光名所になっている事実が、いかにこの作品がイギリス人にとって大きな意味を持っているかを示しています。
4. テレビ映画とBBCの存在
イギリスでは映画館での鑑賞だけでなく、テレビ映画やBBC制作の児童向け映画も子どもたちの重要な記憶となっています。
『ナルニア国物語(The Chronicles of Narnia, 1988–1990, BBCシリーズ)』
このテレビシリーズは、C.S.ルイスの名作を原作としたBBC制作の作品で、多くのイギリス人にとって「日曜夕方の思い出」として記憶されています。今の映画版と比べればCGも技術も拙いものの、手作り感あふれる演出と真面目な語り口が、逆に温かみを与えています。
5. ノスタルジーと共に見返す理由
なぜ人は、子どもの頃に観た映画を、大人になっても繰り返し観るのでしょうか?イギリス人たちに理由を尋ねると、次のような答えが多く返ってきます。
- 安心感:「何度も観たストーリーは、先が分かっていても落ち着く」
- 家族との思い出:「父や母と一緒に観た、兄弟と笑い合った記憶がよみがえる」
- 季節の習慣:「クリスマスには『ホーム・アローン』、イースターには『チャーリーとチョコレート工場』、みたいな毎年の儀式のような存在」
- 時代を思い出す装置:「VHSの巻き戻し音やテレビのCMまで思い出せる」
つまり、それらの映画は単なるエンターテインメントではなく、家族、友情、社会、そしてその時代そのものと結びついた「時間のカプセル」のようなものなのです。
6. 現代の子どもたちへ継がれる懐かしの名作
興味深いのは、多くのイギリス人が自分の子どもに「自分が子どもの頃に観た映画」を見せようとする傾向です。自宅のストリーミングサービスには今や、上記のようなクラシック作品が並び、親子で一緒に楽しむ様子が見られます。
ときに「これは今の子には古臭くてつまらないかも…」と心配しながら再生してみると、子どもたちが意外にも夢中になって観る。そうして世代を超えて語り継がれる作品たちは、まさに「英国の映画遺産」と言っても過言ではないでしょう。
終わりに:映画は記憶の中の宝箱
イギリス人にとって、子どもの頃に観た映画は単なる娯楽を超え、人生の重要な一部となっています。学校での話題、家族との絆、年中行事、そして感性を育てた作品群——それらが心の中で時を超え、ふとした瞬間に再び輝きを放ちます。
この記事を読んでくださった皆さんも、きっとそれぞれの「懐かしの一本」があることでしょう。スクリーンの中で繰り広げられた魔法のような時間は、これからも記憶の中で色褪せることなく、生き続けていくのです。
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