イギリスの幼稚園教育の現場における課題:体罰と資格制度の現実

近年、イギリスの幼稚園(nursery)や保育施設(early years setting)での保育士による子どもへの不適切な対応、特に体罰や心理的虐待が社会的に問題視されるケースが増えている。これは決して頻繁に起こっているわけではないが、一部の事例が世間に大きな衝撃を与えているのは事実だ。では、そもそもイギリスではどのような人が幼稚園の先生になり、どのような資格や研修を受けて子どもたちの前に立っているのか。そして、精神的な問題を抱えた人でも先生になれるというのは本当なのか。本稿では、イギリスの幼児教育制度の現状と課題を、資格制度・採用プロセス・問題事例などの観点から掘り下げていく。 幼稚園の先生=Early Years Practitioner という職業 日本では「幼稚園教諭」という言葉が一般的だが、イギリスでは「Early Years Practitioner」「Nursery Teacher」などの名称で呼ばれている。働く場所によっても役職名や資格の要求が異なることがあり、たとえば公立学校のレセプションクラス(4~5歳児対象)で働く場合と、私立のナーサリー(0~5歳児対象)では異なる要件がある。 基本的には、イングランドにおけるEarly Years Foundation Stage(EYFS:幼児教育基準)に沿って保育が行われており、保育者にはその知識と実践能力が求められる。 幼児教育者になるための学歴と資格 学歴の要件 イギリスで幼児教育に携わるためには、一般的に中等教育(GCSE)を修了していることが前提とされる。GCSEの中でも、特に英語と数学で一定の成績(通常はGrade Cまたは4以上)が必要とされる場合が多い。 さらに、その上で以下のような専門資格を取得することが求められる: 主な資格 研修制度と実習 多くの資格コースでは、実際の保育施設での実習がカリキュラムに含まれている。実務経験は、理論だけでは学べない子どもとの関わり方や現場の柔軟な対応力を育てるために不可欠である。たとえば、Level 3の資格を取得するには、最低でも750時間以上の実習が必要とされる。 さらに、職場に配属された後も「Safeguarding」(児童の保護)や「Health and Safety」(健康と安全)、「First Aid」(応急処置)といった継続研修が義務づけられており、定期的にアップデートされる内容を学び続ける必要がある。 採用の際のチェック体制:DBSチェックと健康診断 保育職に就くには、犯罪歴の有無を確認する「Disclosure and Barring Service(DBS)」チェックが必要だ。これは、性的虐待や暴力行為などの前歴がないかを厳しく審査するもので、イギリス全土で共通して行われている。 また、身体的・精神的に適切な職務遂行が可能かどうかの健康診断(Occupational Health Assessment)も必要とされる。ここでの判断が重要なのは、特に精神的な健康状態が子どもとの関わりに大きな影響を与えうるからだ。 精神的に不安定な人でも先生になれるのか? 結論から言えば、「一定条件下では可能」である。精神的な病歴があるからといって自動的に幼児教育の職から排除されるわけではない。イギリスの雇用制度は、精神疾患を持つ人々の雇用差別を禁じている(Equality Act 2010)。 ただし、以下のような要素が総合的に判断される: 保育現場の上長やマネージャーが、個別にリスク評価を行った上で雇用の是非を判断する。そのため、軽度のうつや不安障害などを持つ人でも、適切な支援体制のもとで働いている事例は実際に存在する。 最近の問題事例と背景 2024年から2025年にかけて報道されたケースの一例では、ある私立ナーサリーで、保育士が子どもに対して怒鳴り声を上げたり、無理に食事をさせたりする様子が監視カメラに記録され、保護者の通報によって問題が表面化した。 このような事例の背景には、次のような構造的問題があるとされる: 改善に向けた動きと課題 政府や教育団体は、こうした問題に対し以下のような改善策を進めている: 終わりに:誰でもなれる職業ではない、だからこそ支援が必要 幼児教育は、社会の根幹を支える極めて重要な職種である。誰でも子どもと接する仕事ができるわけではなく、高い倫理観と専門的知識、そして何よりも子どもに対する深い愛情が求められる。 しかし、その一方で、現場で働く人々に対する支援が不十分なままでは、問題が繰り返される可能性も否定できない。保育の現場に光を当て、質を高め、支える社会全体の理解と協力が今こそ求められている。