イギリス人は意外とのんびりしている?──日本人との仕事観・時間感覚の違いから見える国民性

はじめに

「やらなければならないことが10個あるとする。日本人は、それを“今日中にすべて終わらせよう”と考えるが、イギリス人は“今日は5つやって、残りは明日”と考える。」

これは日本とイギリス、それぞれの国民性を象徴的に表す言葉の一つだ。両国を訪れたことがある人、あるいは実際に住んだ経験がある人ならば、この違いを肌で感じたことがあるかもしれない。

一般的に、「イギリス人」と聞いて、多くの日本人が抱くイメージは「紳士的」「皮肉屋」「紅茶好き」といったステレオタイプであろう。しかし、実際に彼らと日々を共にすると、その印象は次第に変化していく。特に仕事に対する姿勢や時間感覚は、私たち日本人とは大きく異なる側面があるのだ。

本稿では、イギリス人が意外にも「のんびりしている」国民であるという視点から、日本人との比較を通じて、両国の文化的背景・社会構造・働き方への価値観の違いについて考察する。


「勤勉な日本人」とは

まず、日本人の仕事観について確認しておこう。多くの日本人が、「やるべきことは先延ばしにせず、できるだけ早く、完璧に終わらせるべき」と考えている。これは学校教育の段階から染みついた価値観であり、「遅れること=悪」という社会的な圧力の中で育まれてきた。

日本の社会では「納期厳守」が美徳とされ、上司や取引先に「迷惑をかけてはいけない」といった強い同調圧力が存在する。たとえ自分が体調不良であっても、責任感から無理をしてでも仕事を終わらせようとする人も少なくない。これは一種の「自己犠牲の美学」とも言えるだろう。

また、「先回りの思考」も日本的な特徴である。「念のため」「念入りに」という言葉が頻繁に使われるように、リスクを未然に回避するための準備が重視される。したがって、やらなければならないことが10個あれば、それをすべて早めに終わらせることで、想定外のトラブルにも対応できる「余裕」を作ろうとするのである。


イギリス人の「バランス重視」の姿勢

一方で、イギリス人はどうか。

確かに、イギリスでもビジネスにおいてプロフェッショナルな態度は求められるし、納期を守ることは大前提である。しかし、そのプロセスにおいて日本ほどの「詰め込み主義」は見られない。むしろ「無理なく」「健康的に」「効率的に」働くことが重視されている。

冒頭の例で言えば、「10個やらなければならないことがあるなら、今日は5個、残りは明日」という発想が、ごく自然に受け入れられる文化なのだ。イギリス人にとっては、1日の中でこなすべき量には限度がある。むやみに残業をしてまで詰め込むことは、むしろ「段取りが悪い」と見なされかねない。

この背景には、イギリスの労働法や労働組合の強さ、ワークライフバランスを重視する社会的な価値観がある。17時になればパソコンを閉じて帰宅する。週末は家族との時間や趣味に費やす。こうしたスタイルは、彼らにとってごく当たり前のものである。


「のんびり」の真の意味

ここで言う「のんびり」は、決して「怠け者」という意味ではない。イギリス人の多くは、自分に課せられた責任を果たすために、計画的に、そして冷静に物事に取り組む。その姿勢は時に、「マイペース」とも言えるが、「自分のペースを守ること」が尊重される文化の中で育ってきたからこそ可能なのだ。

また、イギリスでは「休むこと」「リラックスすること」も重要視される。「休息は生産性の源である」という考えが浸透しており、休暇を取ることに対して罪悪感を抱く人は少ない。年に数週間の長期休暇を取り、海外でゆっくり過ごす。そうしたスタイルは、働くこと以上に「生きること」を大切にしている証でもある。


文化的背景と教育

この違いは、教育にも色濃く表れている。日本の教育は「集団行動」や「協調性」「忍耐」を重んじる。一方、イギリスの教育は「個性」や「自主性」「クリティカルシンキング(批判的思考)」を重視する傾向がある。

日本では、みんなと同じペースで進み、遅れないように頑張ることが求められる。イギリスでは、自分の考えを持ち、自分のリズムで学ぶことが奨励される。こうした教育の違いが、社会人になってからの「働き方」にも影響してくるのは自然なことだ。


コミュニケーションの違いも影響

日本では、言外の意味や空気を読むことが大切にされる。一方イギリスでは、「言葉で表現すること」が重視される。そのため、仕事の進め方にも差が出る。

日本人は、上司に言われなくても「気を利かせて早めに動く」ことを良しとするが、イギリス人は「指示された範囲で、きちんとこなす」ことが評価される傾向がある。また、日本的な「先回り」は、イギリス人には「余計なお世話」と捉えられることもある。


どちらが良い/悪いではない

ここまで見てきたように、日本人とイギリス人の仕事観や時間感覚は大きく異なる。しかし、どちらが「優れている」「劣っている」という問題ではない。むしろ、この違いこそが、両国の多様性と強みを生んでいるのだ。

日本のように、綿密な計画と勤勉さで突き進む力は、精密な製造業やサービス業において世界トップレベルの品質を支えている。一方で、イギリスのように、柔軟に時間を使いながらも成果を出していく姿勢は、創造的な分野や国際的な交渉において強みを発揮する。


グローバル社会に求められる「視野の広さ」

現在、グローバル化が進む中で、異なる文化を理解し、尊重することの重要性はますます高まっている。「日本ではこうする」「イギリスではこうする」といった固定観念を持たず、互いの違いを知ることで、新たな価値を生み出すことができる。

たとえば、日本の企業でも、イギリス式の「休む勇気」「分散的な働き方」を取り入れることで、長時間労働を減らし、生産性を高めることができるかもしれない。一方で、イギリスの企業も、日本の「段取り力」や「細部へのこだわり」を学ぶことで、さらにサービスの質を向上させることが可能だ。


おわりに

「今日は5個やって、残りは明日やろう」と言える余裕。これは単なる怠け心ではなく、「自分のペースを知っていること」、そして「長く続けるための知恵」なのかもしれない。

私たち日本人も、時には「全部やらなきゃ」を手放してみるのも良いのではないだろうか。そして、イギリス人のように「のんびり、でも確実に前に進む」姿勢を少しだけ取り入れてみることで、より健やかで、持続可能な働き方が実現できるかもしれない。

文化の違いを理解することは、他者を知るだけでなく、自分を見つめ直すことにもつながる。日本人の真面目さと、イギリス人の余裕。その間にこそ、私たちが目指すべき未来の働き方があるのではないか。