
1. 序論
イギリスにおける反移民・反イスラム運動の象徴的人物として知られる「トミー・ロビンソン」。本名はスティーヴン・ヤクスリー=レノンで、活動名義を用いることで一般に浸透しています。彼は2009年に「イングリッシュ・ディフェンス・リーグ(EDL)」を設立し、イギリス社会の分断を背景に急速に影響力を拡大しました。現在では、街頭抗議とインターネット発信を組み合わせた運動の代表例として研究者やメディアに注目されています。
本調査報告では、ロビンソンの経歴、活動手法、社会的影響、そして彼の狙いと課題について多角的に分析します。
2. 経歴と背景
- 出生と環境:1982年、イングランド東部ルートンに生まれる。移民の多い地域で育った経験が彼の政治的主張形成に影響したとされる。
- 活動名の由来:「トミー・ロビンソン」という名は、ルートンのフットボール・フーリガンに由来する偽名を拝借したと伝えられている。
- 国籍と居住:イギリス国籍を有し、拠点はイングランド。国外に活動の拠点を持つわけではないが、欧州や米国の右派ネットワークとも接触を持つ。
3. 活動の特徴
3.1 街頭での動員
ロビンソンは「フェス」型の大規模集会を組織し、反移民やナショナリズムを前面に押し出す。2025年9月の「Unite the Kingdom」では十万人規模を動員し、警察との衝突で負傷者や逮捕者を出すなど、社会不安を直接引き起こす結果となった。
3.2 オンラインでの影響力
SNSを主要な武器とし、動画や生配信でメッセージを拡散。TwitterやFacebookでのアカウント停止を繰り返し経験しつつも、別名義や新興プラットフォームを通じて影響力を維持。インターネット上での「迫害される真実の語り部」という自己像が支持者を結集させる材料になっている。
3.3 法との摩擦
ロビンソンはこれまでに複数回刑務所に収監されている。主な事例は以下の通り:
- 2018年:移民に関する裁判の報道制限を破ったとして法廷侮辱罪で逮捕。
- 2021年:シリア難民の少年に関する虚偽発言で名誉毀損裁判に敗訴。
- 2024年:同少年に関する主張を繰り返し、法廷侮辱罪で禁錮18か月。
- 2025年:控訴が棄却され、刑期を一部短縮しながらも服役継続。
4. 反移民抗議への関与
4.1 2024年夏の暴動
北部サウスポートで発生した刺殺事件後、「移民が関与した」という虚偽情報がSNSで拡散。これに呼応する形で全国規模の反移民抗議や暴動が発生した。ロビンソンは情報の拡散と抗議の煽動に関わったと報じられ、検察は彼をハラスメント容疑で起訴している。
4.2 役割の評価
彼の影響は単なる情報発信に留まらず、「事件→SNSでの虚偽拡散→街頭抗議→暴動」という連鎖の中で重要な加速要因となったと分析される。彼の存在が「ネット上の扇動が現実の暴力に直結する」事例を示した。
5. 狙いと自己像
5.1 本人の主張
ロビンソンは自身を「言論の自由の守護者」「隠された真実を告発するジャーナリスト」と位置づける。既存の政治やメディアが取り上げない移民・治安問題を明らかにすることが使命だと訴える。
5.2 外部からの見立て
研究者や批判者は、彼の真の狙いは以下の点にあると見る:
- 反移民・反イスラム感情の恒常的動員:一時的な怒りではなく、長期的支持層を育てる。
- 政治勢力化:2025年には右派新党「Advance UK」と接近し、街頭運動から議会政治への足場を模索。
- 国際ネットワークとの連携:アメリカや欧州の右派組織と協力し、資金・情報・人材を共有することで影響力を拡大。
6. 社会的影響と課題
6.1 英国内の分断
ロビンソンの活動は「庶民の声」と支持される一方で、少数派への差別や暴力の正当化を助長。暴動や集会における警察との衝突は治安上の大きな負担を生み、政府は強硬な警備態勢を敷かざるを得なくなっている。
6.2 言論の自由とのジレンマ
彼の発言は過激で虚偽を含む場合が多く、プラットフォームからの排除が繰り返されている。しかし、そのこと自体が「検閲」「弾圧」という物語を補強し、逆に支持者の忠誠心を高めるという逆説的な効果を持つ。
6.3 政治システムへの影響
ロビンソンの活動は、既存政党の政策論争には直接影響しないものの、社会的な右傾化や治安問題への過敏な反応を後押ししている。新党との連携が進めば、抗議運動が選挙に直結する可能性もある。
7. 結論
トミー・ロビンソンは、単なる街頭活動家ではなく、イギリスにおける「デジタル時代の極右ポピュリスト」の典型例と言える。彼の狙いは「言論の自由」や「真実告発」という建前を超えて、反移民感情の持続的な動員と政治化にあると考えられる。
彼の活動は、民主主義国家において言論の自由と公共の安全をどう調整するかという難題を突きつけると同時に、オンラインとオフラインを結ぶ新しい形の政治運動がもたらすリスクを浮き彫りにしている。
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