
はじめに:まずは“イギリス=料理がまずい”という偏見から
「イギリス料理は世界一まずい」——これは今やグローバルな定番ジョークのひとつだ。たとえばフランス人がワイン片手に「イギリスの料理なんて、パンに悲しみを塗っただけ」と嘲笑うのは、もはやお決まりの流れ。アメリカ人ですら「イギリスの料理? いや、うちはまだケチャップあるから」と言い出す始末。実際問題、ボイルしただけの野菜、謎のグレイビー、脂っこい揚げ物、茶色いベイクドビーンズ……イギリスの食卓は、見た目も味も「胃袋への挑戦状」と言えるレベルだ。
しかし、そんなイギリスでも料理番組はしっかり存在しており、特に土曜日の午前中は「料理番組密集帯」と化している。BBC、ITV、Channel 4、それぞれがこぞって料理番組を放送し、「美味しい家庭料理」「簡単なブランチレシピ」「パブ飯の進化系」などと銘打った番組が延々と続く。
そして、そこで登場するのが……我らが“どや顔シェフ”たちである。
■料理番組という名の“幻のミシュラン劇場”
土曜の朝9時。眠たい目をこすりながらテレビをつけると、すでにスタジオは活気に満ちている。白い歯をギラつかせる司会者が笑いながら「今朝はとっておきのチーズトーストを紹介します!」などと声を張り上げ、次の瞬間、画面に現れるのが、自信満々にカメラ目線を決める“どや顔シェフ”だ。
このシェフたち、たいてい帽子もエプロンも着けず、ラフなTシャツ姿で登場し、まず第一声がこうだ:
「今日は“シェパーズ・パイ”を現代風にアレンジしたレシピを紹介します。ただし、ポテトは使いません」
いや、それはもう“シェパーズ・パイ”じゃない。
しかし、そんな細かいツッコミは無粋というもの。イギリスの料理番組では、「伝統料理をどこまでぶっ壊せるか」が腕の見せどころなのだ。
■料理工程:何をどうしたらそうなるのか
例えばある土曜日、Channel 4の朝番組で見かけた衝撃のレシピを紹介しよう。
料理名:「ビーンズとアボカドのトースト with マーマイトクリーム」
まず、トーストにベイクドビーンズ(缶詰)をぶっかける。次に、熟れすぎてドロドロになったアボカドを大胆にスプーンで塗りつける。そして……仕上げに、マーマイトとマヨネーズを混ぜた“特製ソース”をチューブから直接かけるという狂気。
その全工程を、シェフは満面の笑みで「エッジの効いたブランチ」と紹介しながら、手を止めてカメラ目線でこう言う:
「これは、ロンドンの流行を先取りした味です。普通じゃつまらないでしょ?」
うん、確かに普通じゃない。でも食べたくもない。
■どや顔シェフの特徴:あるある三選
ここで、イギリス料理番組における“どや顔シェフ”たちの共通点をまとめてみよう。
1. 「味見をしない」
これは本当に謎だ。日本の料理番組では「ここで少し味見を……うん、美味しいですね」と確認するのが定番だが、イギリスのどや顔シェフは、なぜか一度も味見をしない。にもかかわらず、完成品を手にして「完璧な味に仕上がりました!」と断言する。
たぶん心の中では「(見た目はひどいけど)これでギャラもらえるしな!」と思っている。
2. 「カリカリ=美味いと思っている」
やたらと“カリカリ音”を追求する傾向がある。パンは焼きすぎ、ベーコンは炭の手前、ハッシュドポテトはもはや“石”のような質感に。「音フェチ」シェフのこだわりが食感を殺す瞬間は、もはや芸術に近い。
3. 「とりあえずハーブをふりかける」
最後に、どんなに茶色くて絶望的な見た目の料理でも、刻んだパセリをかければOKという精神。グリーン=健康=映える、という謎の論理がまかり通っている。
■“その料理、誰が食べるん?”問題
料理番組の終盤、シェフが皿を差し出すと、となりの司会者やゲストが試食する流れになるのだが、ここでも笑いを堪えることになる。試食者は一口食べて、決まってこう言う:
「Oh… interesting!(ああ……面白い味ですね)」
“Interesting”=微妙 or まずいというのは英語圏の常識。なのにシェフはその反応を聞いて満足げにうなずき、「やはり斬新さがウケたようですね」と自画自賛を始める。いやいや、あなたの味のセンスは“斬新”ではなく“斬首”レベルだ。
■なぜイギリス人は料理番組を作り続けるのか?
ここまで読んで「いや、そんなにまずそうなら、なんでイギリス人は料理番組を作るんだ?」と疑問に思った方もいるだろう。その答えは簡単だ。
「まずい料理ほど、見る分には面白い」
イギリスの料理番組は、もはや料理指南ではなく、“シュールなエンタメ”として成立している。ある種、スタンドアップコメディの一種とも言える。ヘンテコな食材の組み合わせ、意味不明な味付け、堂々たる“どや顔”の連発……これはもはや「芸」なのだ。
■そして、我々はまた来週も観る
こうして、土曜の午前が終わる。テレビの前で腹を抱えて笑い、時には「うちの猫のほうがマシなもの作りそうだ」とつぶやきながら、ふと気づくのだ。
「あの料理、ちょっとだけ試してみたいかも……」
そう、イギリスのどや顔シェフは、我々の好奇心をくすぐるのがうまい。美味しいとは限らない。いや、むしろ「絶対に美味しくなさそう」なのに、なぜか忘れられない。
それが彼らの“魔法”なのである。
■終わりに:料理は舌で味わうものにあらず
最終的に、イギリスの料理番組が教えてくれるのは、「料理は味だけじゃない」という事実だ。見た目、手順、シェフの表情、そして“変な自信”——それらが組み合わさることで、忘れられない映像体験が生まれる。
結論:イギリス料理はまずい。でも、イギリスの料理番組は面白い。
このパラドックスを抱えながら、我々はまた、土曜の朝にテレビをつけて、カリカリすぎるトーストとドロドロのアボカドに拍手を送るのである。
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