噂を「広める自由」と「広めない責任」──香港発の日本滅亡説をめぐって考える

序文:噂はいつも静かに広がっていく

現代社会において、情報が持つ力はかつてないほど大きくなっている。SNS、YouTube、Telegramなどのチャットアプリ、そして非公式メディアを通じて、どこかで生まれた「噂」が、言語や国境を超えて瞬く間に拡散する時代だ。その影響は、時に善にもなれば、害にもなる。

今、イギリスを含む海外の一部の香港人コミュニティで、「2025年7月に日本が滅亡する」といった、荒唐無稽な噂がまことしやかに語られているという報告が複数寄せられている。しかも、それが個人的な信仰や占星術的な興味といった域を超え、あたかも予言や警告のような形で他人に伝えられていることが、一部の日本人居住者や旅行者を戸惑わせ、困惑させているのが実情だ。

「何を信じるか」は個人の自由だ。しかし、「信じたことを周囲に広める行為」は、それが誰かに影響を与える以上、自由とは別の文脈で語られなければならない。とくに、その内容が誤解や不安を煽り、社会的不和を生むものである場合は、発信者の責任が問われる。

本稿では、この「日本滅亡説」がいかに非合理であり、また広めるべきではない理由を丁寧に説明した上で、現在の香港の diaspora(離散)と日本との無関係性、そして情報を扱う際の「倫理」について、深く掘り下げていきたい。


本論①:2025年7月に日本が滅びる?──根拠のない噂の構造

まず初めに、この噂の核となっている「2025年7月に日本が滅亡する」という主張について、冷静に検討してみよう。現在確認されている限りでは、この説に対して以下のような説明がなされている。

  • ある預言者や霊能者が予見したという説
  • 大地震や津波などの自然災害が原因となるという主張
  • 日本政府が隠している秘密の計画があるという陰謀論的立場

いずれの主張にも共通しているのは、客観的な根拠や検証可能なデータが存在しないということだ。そして、それらの話が「日本国内」ではなく、「海外、特に香港人コミュニティ」から語られていることが特徴的である。

もちろん、「何を信じるか」は個人の自由である。霊的存在を信じる人もいれば、天体の動きに意味を見出す人もいる。それ自体は否定されるべきものではない。しかし、問題はそれを他人に共有し、「不安を煽る」ような話し方をすることにある。

人間の心理は不安に敏感だ。とくに移民や亡命者など、人生において大きな不確実性を抱える人々は、「何かが起こるかもしれない」という話に惹きつけられやすい。だが、その不安をさらに増幅させるような噂の流布は、決して社会的に望ましい行為とは言えない。


本論②:香港の現実と diaspora(離散)の痛み

では、なぜこのような噂が香港の一部の人々から出てくるのだろうか。

背景には、2019年以降の香港情勢がある。国家安全維持法の導入以降、言論や報道の自由が大きく制限され、多くの香港市民が他国への移住を選択せざるを得なかった。イギリスは特にその移民先の一つとして人気があり、現在でも多くの香港人がロンドン、マンチェスター、バーミンガムなどに新たな生活基盤を築いている。

その過程で、多くの香港人が「国家」や「制度」に対する深い不信を抱くようになったことは否定できない。中国政府への懐疑はもとより、かつて信じていた香港の自治や自由に対しても、深い喪失感と怒りが渦巻いている。

こうした心理的な空白を埋める手段として、「新たな秩序」や「世界の変化」への期待が生まれることは珍しくない。占星術や予言、あるいは陰謀論がその対象になりやすいのは、歴史的にも証明されている。

つまり、「2025年7月に何かが起こる」という説を信じたいという欲望は、「このままではいけない」「今の世界は歪んでいる」という心の叫びの裏返しでもあるのだ。

このこと自体を責めるつもりはない。むしろ、そうした感情の複雑さに理解を示しつつも、その不安を他国や他人に投影しないでほしいというのが、我々日本人としての切なる願いである。


本論③:日本は滅亡していないし、その予定もない

改めて述べるが、日本は現在、災害対策、経済、安全保障、あらゆる観点から国家運営を継続している民主主義国家である。確かに少子高齢化や経済格差など、多くの課題を抱えているのは事実だ。だが、それを「滅亡」と表現するのは、あまりにも非科学的で、誤解を招くものである。

災害予測に関しても、日本は世界でも有数の研究体制を持つ国であり、地震や津波、気象の研究に関しては極めて高度なモデルとシミュレーション技術が存在している。もし仮に2025年7月に何か大きな自然災害が予見されているのであれば、それは政府、学会、国際社会を挙げてすでに周知されているはずだ。

にもかかわらず、あたかも「何かを隠している」というような陰謀論的視点から、日本の滅亡が語られることは、まったく根拠がなく、むしろ迷惑であるとさえ言える。


結論:広める前に、もう一度考えてほしい

私たちは、情報の海に生きている。その中で、自分にとって意味のある情報、感情を揺さぶる情報に出会ったとき、それを「共有したい」と思うのは人間の自然な欲求だ。

だが、その欲求に任せて無責任に不安や恐怖を拡散すれば、それは単なる「情報共有」ではなく、「社会的損害の拡大」につながる。そして、それは信じている当人の評判や信頼性をも、長期的には蝕むことになる。

香港の人々が置かれてきた状況には、深い理解と共感を覚える。それでもなお、言いたいことがある。

日本は滅亡していないし、その予定もない。
そして、日本と香港の運命は、まったく別の歴史と論理の上に成り立っている。

もし何かを信じるのであれば、それはあなたの心の中で育ててほしい。だが、それを他者に「押しつける」ことや、「拡散」することには慎重であってほしい。

世界は、今も不安定だ。だからこそ、ひとりひとりが「言葉の使い方」に責任を持つ時代が、すでに始まっているのだ。

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