
ロンドン、世界中の若者が夢を追いかけて集まる都市。アート、ビジネス、語学、そして文化の交差点。多くのアジア人留学生やワーキングホリデー(ワーホリ)で訪れる若い女性たちにとって、この街は可能性に満ちた場所であると同時に、落とし穴も潜んでいる。
中でも近年、イギリスのビザをめぐる恋愛詐欺まがいの手口が密かに拡大している。多くの人が知らぬ間に巻き込まれているこの現象。背景には、国際的な恋愛への憧れと、ビザ制度を取り巻く複雑な現実がある。
◆ ワーホリ女性を狙う「イギリス人彼氏」の正体
28歳の日本人女性Aさんは、2024年の春、ロンドンでワーホリ生活を始めた。語学学校で英語を学びつつ、カフェでアルバイトをしていた彼女は、SNS経由で知り合ったイギリス人男性トム(仮名)と出会った。彼は流暢な日本語を話し、日本のアニメや文化に造詣が深く、親日家を自称していた。
「ビザのこととか気にしなくていいよ。君が望めば、僕と一緒にいられるから」
そんなセリフに安心し、Aさんは彼に徐々に惹かれていった。やがてトムは彼女に頻繁に高価なレストランでの食事を提案し、その費用を半分以上彼女に支払わせるようになった。誕生日には自分が欲しいブランド物を「お揃いで持とう」と提案し、プレゼントとして要求。Aさんは「彼のため」と思い、カードローンまで使って支出を重ねた。
だが、3ヶ月後、突然連絡が取れなくなった。SNSのアカウントも削除され、彼の行方は分からなくなった。
「ビザの話は、最初からただの餌だったんだと気づいた時は、もう遅かった」
◆ 「ロンドン・ロマンス詐欺」の実態
Aさんのような被害は氷山の一角だ。ロンドンでは、アジアからの短期滞在者、特に女性を狙って「恋愛」を装い、経済的搾取を行う詐欺行為がじわじわと広がっている。これらの男性は、以下のような特徴を持つことが多い:
- 自称「日本/韓国/中国通」で、相手の母国文化を異常に詳しく語る
- 最初は優しく、金銭を出させないが、付き合いが深くなるにつれて要求が増える
- 結婚や長期滞在を匂わせ、「ビザスポンサーになる」と仄めかす
- 相手が依存するようになると態度を急変、消える
また、これらの男性は複数の女性と同時に交際しているケースも少なくない。一人の女性に執着することはなく、「終わったら次」を繰り返す。その背景には、SNSやマッチングアプリを通じた「使い捨て恋愛市場」の存在がある。
◆ ビザを武器にする「関係性の非対称性」
なぜこうした被害が後を絶たないのか。それは、イギリスにおけるビザ制度と、そこに潜む「力の不均衡」が大きな要因だ。
例えば、イギリスでは配偶者ビザを取得すれば、長期的な滞在や就労が可能になる。この「ビザ目的の結婚」はもちろん法律で厳しく取り締まられているが、「結婚する気があるように見せる」行為自体には即座の法的罰則が伴わないため、詐欺と断定するのが難しい。
恋愛関係という曖昧なものの中で、片方が明らかに支配的な立場にある——。その状況下で、もう一方は「夢」や「希望」を信じたまま搾取されていく。
◆ 他のアジア諸国でも同様のケースが
韓国、中国、タイなどから来た若い女性たちにも似たようなケースが報告されている。
26歳の韓国人女性Bさんは、インスタグラムで知り合ったイギリス人男性から「結婚して一緒に住もう」と言われ、家族にも紹介しようと考えていた。だが、数ヶ月後、彼には既に結婚している妻子がいたことが発覚。彼女は精神的に大きなショックを受け、予定していた滞在を途中で切り上げて帰国した。
◆ 対策と警戒心が必要な時代
こうした恋愛詐欺は、単に「騙される側の責任」として済ませる問題ではない。構造的に弱い立場に置かれた外国人女性が、感情だけでなく経済的にも搾取されるリスクがあるという現実を、もっと社会として認識すべきだ。
実際に考えられる対策としては:
- 恋愛関係においても「ビザの話」が出たら慎重になる
- 金銭のやり取りが一方的になった場合、第三者の意見を求める
- SNSで知り合った相手の身元をしっかり調べる(Google画像検索なども有効)
- イギリスの「市民アドバイスセンター」などの公的支援機関に相談する
◆ 終わりに:「ロマンス」は時に武器になる
恋愛は本来、相互の信頼と誠実さの上に成り立つものだ。しかし、国境を越えた恋愛の中には、制度の隙間や文化の無理解を悪用した詐欺が存在している。
夢のロンドン。そこにあるのは煌びやかな光だけではなく、影もまた深い。誰もが被害者にも加害者にもなり得る時代。私たちは「甘い言葉」の裏に潜む意図を見抜く力を持たねばならない。
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