
はじめに
イギリスは性犯罪者に対する監視・管理体制を法制度として整備し、社会の安全確保を目的に長年取り組んできました。性犯罪者の再犯リスクをいかに低減させるかは、多くの国で課題ですが、イギリスは特に「Sex Offenders’ Register(性犯罪者登録制度)」を中心とした包括的な制度を有しています。
この記事では、イギリスにおける性犯罪者監視の現状、制度の仕組み、課題、そして今後の展望までを詳しく解説します。
性犯罪者登録制度(Sex Offenders’ Register)
イギリスでは、一定の性犯罪で有罪判決を受けた者は、自動的に「性犯罪者登録制度」の対象となります。対象となるのは、児童への性的虐待、性暴力、児童ポルノ関連犯罪、公然わいせつなど幅広い犯罪行為です。
登録されると、次のような義務が課せられます。
- 住所、氏名、生年月日、国民保険番号などの届け出
- これら情報が変更された場合は3日以内に警察に届け出る義務
- 毎年1回、警察署で情報更新を行う義務
- 海外渡航の際は出発の少なくとも7日前に届け出る義務
登録期間は判決内容に応じて異なり、例えば30か月以上の実刑の場合は無期限登録、それ未満であれば5年から10年程度の登録義務が課せられます。
違反した場合、5年以下の懲役を科せられる可能性があり、この登録制度は非常に厳格に運用されています。
ViSOR と MAPPA:監視のインフラ
性犯罪者監視の基盤として、イギリスには「ViSOR」と「MAPPA」という2つの重要な枠組みがあります。
ViSOR(Violent and Sex Offender Register)
ViSORは警察、保護観察所、刑務所など関係機関が性犯罪者と暴力犯罪者に関する情報を共有するためのデータベースです。イギリス国内での居住地移動、名前の変更などがあっても、このデータベースによって追跡可能です。
これにより、関係機関はどこに住んでいる性犯罪者なのか、どの程度の再犯リスクがあるのかなどを迅速に把握でき、監視・指導を効果的に行うことが可能です。
MAPPA(Multi-Agency Public Protection Arrangements)
MAPPAは複数機関による公的保護措置を意味し、特に高リスクの性犯罪者や重大犯罪者に対して適用されます。警察、保護観察所、刑務所、地方自治体、社会福祉、医療機関などが共同で情報共有し、管理プランを策定します。
MAPPAは性犯罪者をリスクレベルに応じて3段階に分類します。
- レベル1:通常の監視が必要
- レベル2:複数機関による連携した監視が必要
- レベル3:特に高度な監視・管理が必要
特にレベル3では、ケースカンファレンスが定期的に開催され、監視・保護措置の内容が厳格に議論されます。
SHPO や SRO などの特別命令
性犯罪者が出所後、特定の行動を取ることを制限する法的措置として「Sexual Harm Prevention Order(SHPO)」や「Sexual Risk Order(SRO)」があります。
これらは犯罪歴に基づき裁判所が発令する命令であり、以下のような内容が含まれます。
- 特定の人物(特に子どもや被害者)への接触禁止
- 特定の場所への立ち入り禁止(学校、公園など)
- インターネット使用制限
- 保護観察官への定期的な面談義務
命令に違反した場合、刑事罰の対象になります。これにより性犯罪者の再犯を未然に防ぐ狙いがあります。
保護観察(Probation)による監視
刑務所を出所した性犯罪者の多くは、保護観察下に置かれます。イギリスの保護観察サービス(HMPPS)は全国に支部を置き、犯罪者の再社会化と再犯防止を目的に活動しています。
保護観察中の性犯罪者は、担当保護観察官による定期的な監視を受けます。監視の内容は次の通りです。
- 定期面談
- 生活状況の確認
- 就労状況の確認
- 再教育プログラムの受講義務
近年は「危険性の低い性犯罪者」への監視を緩和する方針も議論されていますが、依然として高リスク者への監視は厳格です。
最近の法改正と監視強化の動き
近年、イギリス政府は性犯罪者の監視体制を強化するため、いくつかの法改正を進めています。
特に重要な改正点は以下の通りです。
- 改名予定を7日前までに事前通知する義務
- 改名による逃避を防止するため、警察が改名を制限できる権限を強化
- 子どもと個人的に接触する予定がある場合の事前通知義務を厳格化
- 5日以上自宅を離れる場合の事前届け出義務を新設
これにより、名前や住所を変更して監視網を逃れようとする試みを封じ、児童への接触機会を減らす仕組みが導入されました。
また、長期海外渡航についても、渡航予定の事前届け出が厳格化されています。これにより、国際的な監視連携の中で監視精度を高める狙いがあります。
イギリス社会の課題と批判
一方で、このような監視制度にはいくつかの課題や批判もあります。
まず、地域間の運用水準にばらつきがあること。MAPPAの運用は地方警察の予算や人員体制に依存するため、都市部と地方で「監視の精度」が異なる現状があります。
また、保護観察官の業務負担の増加が問題視されています。性犯罪者への監視強化により、担当者一人あたりの業務量が増し、十分な監視が行き届かないケースも発生しています。
さらに、厳しい監視措置が「性犯罪者の社会復帰を妨げる」との批判もあります。再犯防止と更生支援のバランスをどのように取るかは、今後の政策の重要課題です。
外国人性犯罪者への対応
外国籍の性犯罪者についても、イギリスは対応を厳格化しています。
- 海外での性犯罪歴がある場合でも登録制度の対象
- 渡航前の届け出義務
- 近年では、外国籍の性犯罪者の難民申請を制限する新方針が導入
これにより、国際的な観点からも性犯罪者への監視網を強化する動きが加速しています。
今後の展望
イギリスの性犯罪者監視制度は進化を続けています。特に今後は次のような方向性が重要になるでしょう。
- オンライン登録・通知システムの導入による効率化
- 地域間格差是正のための全国標準ガイドラインの徹底
- 保護観察官の増員と専門教育による監視精度の向上
- 性犯罪者の社会復帰支援と監視の適正なバランス確保
- データ活用によるリスク分析と個別管理の最適化
社会の安全と個人の人権の両立をいかに実現するかは、イギリスのみならず世界各国に共通する課題です。
おわりに
イギリスは性犯罪者の監視について、法制度、情報共有、保護観察、裁判所命令など多層的なシステムを整えています。これらは社会の安全を守るために不可欠な仕組みであり、今後も法改正や運用改善を通じて進化が続くでしょう。
一方で、この厳格な監視体制には、リソース不足や地域間格差、社会復帰支援の難しさといった課題も存在しています。
今後も社会のニーズや人権意識の変化に応じて、より適切な監視体制の整備が求められることでしょう。
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