
はじめに
2025年のイギリス労働市場は、前年と比較して明らかに厳しい局面を迎えている。雇用者数の減少、失業率の上昇、そして多くの産業で見られるリストラや事業縮小は、労働者にとっても企業にとっても大きな試練となっている。しかし、その一方で「どのような人材が求められているのか」という視点で状況を整理すると、変化の中に将来性のある分野やキャリア戦略のヒントが見えてくる。本稿では、統計データや産業ごとの事例を踏まえながら、イギリスで今後需要が高まる人材像について約8000字規模で考察する。
1. 労働市場全体の現状
雇用者数の推移
2025年に入り、イギリスの雇用者数は前年から減少傾向にある。公式統計によれば、2025年7月時点のペイロール雇用者数はおよそ3030万人で、前年同月比で約16〜18万人減少した。これは単なる季節変動ではなく、景気減速や企業のコスト圧力に起因する構造的な縮小と見るべきだろう。
失業率と求人数
失業率は2025年5〜7月期で4.7%に上昇しており、前年より悪化している。加えて、同時期の求人件数は約72.8万件と前年より減少しており、労働需要全体が冷え込んでいることを示している。求職者にとってはポジションの選択肢が狭まり、企業にとっては優秀な人材を確保する好機でもあるという二面性がある。
解雇・リストラの増加
2025年5〜7月期の冗長解雇(redundancies)は10.4万人と、前年より増加している。特に消費者向けサービスやコスト構造に弱い産業で顕著に見られ、構造改革の一環として人員削減を進める企業が目立つ。
2. 前年との比較 ― 悪化の実態
雇用者数の減少
2024年は依然として雇用が拡大傾向にあったが、2025年にはマイナス成長へと転じた。前年に比べ、ペイロール雇用者数は約16万人減少し、雇用の量的縮小が明確化した。
冗長解雇率の上昇
前年同月比で冗長解雇は2万〜3万人規模の増加となっている。特に製造業やサービス業など、景気に敏感な分野での調整が進んでいる。
求人数の減少
ほぼ全ての産業で求人件数が前年を下回っており、とりわけ小売、接客、事務職など一般的な職種で大幅に減少している。つまり、競争率が高まり、労働者にはより専門的なスキルや差別化要因が求められる環境になっている。
3. 産業別の状況
3-1. 小売業
英国の小売業は長期的な構造不況に加え、2025年にはさらなる打撃を受けている。例えば化粧品チェーン「Bodycare」は破産手続きの影響で30店舗閉鎖、約450人の雇用喪失に至った。オンラインシフトや消費者の節約志向が加速する中、小売業ではデジタルマーケティング、サプライチェーン最適化、オムニチャネル戦略を担える人材が強く求められている。
3-2. ホスピタリティ産業
英国ホスピタリティ協会の報告によれば、2025年4月以降だけで約10万人の雇用が失われた。理由は主に雇用主負担の社会保険料増加や光熱費高騰によるコスト圧迫である。生き残りのためには、効率的な店舗運営やデータ分析に基づく収益最大化の知識を持つ人材が不可欠となる。
3-3. 公務員・公共部門
政府は財政引き締めの一環として、2025年春に1万人の公務員削減を発表した。従来の事務処理業務は削減対象となる一方、デジタル行政、サイバーセキュリティ、公共サービスの効率化を推進するためのIT人材は逆に必要とされている。
3-4. 製薬・ライフサイエンス
米国メルク社(MSD)がロンドンに計画していた10億ポンド規模の研究センター建設を中止し、125人の科学者が職を失った。ただし、バイオテクノロジーやAI創薬の分野では依然として人材需要が強い。基礎研究から応用まで幅広い知識を持ち、かつ国際的な研究ネットワークに参加できる人材がカギとなる。
3-5. エネルギー・石油化学
スコットランドの精製所関連では140〜400人規模の削減が報じられている。従来型の化石燃料産業は縮小傾向だが、再生可能エネルギーや水素エネルギー関連プロジェクトでは新たな人材需要が生まれつつある。
3-6. 法律・プロフェッショナルサービス
EYの英国リーガル部門では30人規模の削減が行われた。AIによる文書分析や自動化の普及で定型業務の需要は減少しているが、逆にテクノロジーと法務を融合させた「リーガルテック」分野の専門家は重宝される。
4. テック産業の動向
グローバルな潮流
世界的には2025年に入り、テック業界全体で14万人超の人員削減が報告されている。前年の約23万人規模と比べれば縮小しているものの、依然として大規模な再編が続いている。
英国における状況
- Skyは顧客対応の自動化やオンライン移行に伴い、2000人規模の削減を発表。
- 大手テック企業(Amazon、Microsoft、Intelなど)も英国支社や関連部門での人員調整を実施。
- 特にエントリーレベルのIT職やサポート職は35%減少しているとの調査もあり、若手人材の就職機会が狭まっている。
テック分野で求められる人材像
一方で需要が高まる分野も存在する。AI・機械学習、サイバーセキュリティ、クラウドアーキテクチャ、データサイエンスなどは引き続き成長領域であり、専門スキルを有する人材はリストラ局面でも引く手あまたである。単なるプログラミング能力ではなく、AIの活用設計やセキュリティ・プライバシー対応能力が差別化要因となる。
5. 今後求められる人材像
以上を踏まえ、イギリスで今後求められる人材は以下の特徴を備えると考えられる。
- デジタル変革を推進できる人材
- 小売、行政、ホスピタリティなど従来型産業でもデジタル化は避けられない。AI、IoT、データ分析を駆使して効率化を進められる人材は広範に必要とされる。
- サイバーセキュリティ・クラウド技術者
- 公共サービスや金融分野を中心にセキュリティリスクは増大しており、需要は右肩上がり。
- グリーン・エネルギー分野の専門家
- 化石燃料から再生可能エネルギーへの移行は国家戦略であり、エネルギー工学、水素燃料、スマートグリッドの専門知識が求められる。
- ライフサイエンス×データ人材
- 製薬業界は再編中だが、AI創薬やバイオインフォマティクスの専門人材は不足している。
- 多能型人材
- 1つの専門に加え、経営知識や法務知識を併せ持つ「ハイブリッド人材」が特に評価される。テック×リーガル、ライフサイエンス×データ解析など、学際的な能力が強みになる。
6. 労働者への提言
- 再教育・スキルアップ: 政府や大学、民間企業によるリスキリングプログラムを活用することが重要。
- ネットワーク形成: 国際的な労働市場に対応するため、オンラインプラットフォームや学会を通じた人脈構築が欠かせない。
- 柔軟性: 1つの産業に固執せず、関連する成長分野へとキャリアをシフトできる柔軟性が生き残りのカギとなる。
おわりに
2025年のイギリス労働市場は前年と比較して明らかに厳しく、雇用減少や失業率上昇が目立つ。小売やホスピタリティといった伝統的産業は苦境に立たされ、テック業界でも大規模な人員削減が行われている。しかしその裏では、AI、サイバーセキュリティ、再生可能エネルギー、ライフサイエンスなどの分野で新たなチャンスが生まれている。つまり「仕事がなくなる」わけではなく、「必要とされる人材像が変わる」ということだ。今後は変化を恐れずにスキルを磨き、成長分野に適応していく人材こそが、イギリスで最も求められる存在になるだろう。
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