
序章:なぜ日本では学歴詐称が繰り返されるのか?
近年、日本では政治家による「学歴詐称」や「経歴詐称」といったスキャンダルが度々報道されている。市議会議員から国会議員に至るまで、肩書や学歴を実際より誇張したり、存在しない学位を記載したりする事例が後を絶たない。市民からの信用が失墜し、結果的に辞職や落選に追い込まれるケースもある。
だが、このような事態は本当に「防げない」ものなのだろうか? 実は、同じ民主主義国家であるイギリスでは、こうした経歴詐称事件はほとんど見られない。なぜイギリスでは「あり得ない」のか? そこには、政治家に求められる透明性と、公的な候補者審査の仕組みの違いがある。
本稿では、イギリスにおける政治家の候補者選定や身辺調査の実態を紹介しつつ、日本の制度上の欠陥、そして今後どのような改善が求められるのかを考察する。
第1章:イギリスでは「まず身辺調査」が常識
候補者選定のプロセス
イギリスでは、地方議会や国政選挙に立候補する際、政党の公認を得るには厳格な候補者審査を受けることが当たり前となっている。特に主要政党(保守党、労働党、自由民主党など)においては、立候補を希望する段階でまず「身辺調査(vetting)」が行われる。
この身辺調査は単なる形式的なものではなく、徹底している。以下のような内容が網羅的にチェックされる:
- 犯罪歴(国内外を問わず)
- 税務申告の不備
- 経歴(学歴・職歴)の正確性
- 過去のSNS投稿や発言
- 暴力やDV、セクハラに関する訴訟歴
- 金融事故歴(破産、債務不履行など)
この調査には、独立した調査機関や弁護士を用いるケースも多く、単なる「自己申告」ではなく裏付け資料の提出が求められる。
公認後も定期的な監査
イギリスの政党は、候補者を「一度通せば終わり」にはしない。議員として活動している間も、倫理コードや行動規範に基づいて行動しているかどうかが常に監視されている。定期的な倫理監査を実施し、問題があれば即時に党員資格停止や除名措置がとられる。
第2章:日本では「調べない」ことが前提?
自己申告のまま通ってしまう実態
日本の場合、地方議員や国政選挙に立候補する際、選挙管理委員会に提出する書類には経歴や学歴の記載項目があるが、その正確性を確認する仕組みはほとんど存在しない。基本的に「自己申告」であり、たとえ虚偽が含まれていたとしても、届け出自体が形式を満たしていれば通ってしまう。
さらに政党による公認も、あまり厳格ではないことが多い。特に地方レベルでは候補者が不足していることもあり、「人柄」や「地縁・血縁」を重視して候補者を立てるケースも多く、身辺調査は「一応確認しました」レベルで終わってしまうのが現実だ。
発覚するのは「週刊誌」から
学歴詐称や犯罪歴が発覚するのは、多くの場合、報道機関や週刊誌などによる調査報道からである。つまり、正式な審査機関ではなく「民間のメディア」が事実を暴くという構造が常態化している。これは逆に言えば、公的なチェック機能が制度として機能していないことを意味する。
第3章:なぜイギリスでは厳しく、日本では甘いのか?
背景にある「公人」という概念の違い
イギリスでは、政治家は「public servant(公僕)」であり、私人とは明確に区別される存在だ。倫理的な規律や説明責任は当然のものとされ、身辺に不備がある者が公職に就くことは社会的に許されない。
一方、日本では「政治家=権力者」という旧来的なイメージが未だに根強い。選挙は「人気投票」として機能する面もあり、立候補のハードルを下げすぎた結果、「本人の意思が第一」で、検証は二の次になってしまっている。
政党内のガバナンス意識の差
イギリスの政党は、党としてのブランドや信頼性を非常に重視している。そのため、不適切な候補者が出れば政党全体の評価が下がるという危機感がある。一方、日本では、政党公認を得た候補が問題を起こしても、党自体の責任があいまいになりやすい構造がある。
第4章:日本に必要な制度改革とは?
① 公的な候補者審査機関の設置
まず、日本でも立候補者に対して基本的な身辺調査を行うための公的機関、または選挙管理委員会内に調査部門を設けるべきだ。候補者が提出する学歴や職歴について、証明書類の提出を義務化し、虚偽があった場合は立候補を取り消す仕組みが必要である。
② 犯罪歴・税務歴の提出義務化
一定の重大な犯罪歴がある場合、立候補を制限する、あるいは有権者に明示する制度も検討すべきである。また、過去の税務申告や滞納状況についても、候補者としての倫理性を判断する指標になりうる。
③ 政党に対する審査責任の義務化
政党が候補者を公認する際、身辺調査の実施を法的に義務づけ、その結果を公開するよう求めるルール作りが求められる。責任の所在を明確にし、調査を怠った政党にもペナルティが及ぶようにすることが重要だ。
第5章:透明性が政治不信を減らす
日本では近年、政治家による不祥事や汚職、説明責任の不履行などが続き、有権者の政治不信が高まっている。政治家の資質を選ぶ段階で、きちんとした情報と審査の仕組みが整っていなければ、有権者の判断も曖昧なものにならざるを得ない。
透明性と公正さが担保されて初めて、民主主義は健全に機能する。候補者の学歴詐称が「後から発覚する」のではなく、「最初から起こり得ない」社会をつくることが求められている。
結語:民主主義の「入口」を整えることの重要性
政治家になるということは、単なる職業選択ではない。公的資源を動かす権限を持つという意味で、極めて高い倫理性と信頼性が求められる存在だ。
イギリスではそれを「制度」として確保している。日本でもようやく、そうした「仕組みの不備」に向き合うときが来ているのではないか。
学歴詐称や犯罪歴隠蔽を「またか」と受け流すのではなく、それを制度の欠陥として捉え、再発防止のための仕組みづくりに社会全体が取り組むべきである。
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