「ライフイズショートズム」──イギリス人が体現する刹那的快楽の哲学と、日本人が学ぶべきこと

「スダッグデュー(Stag Do)」「ヘンパーティー(Hen Party)」──これらの言葉を聞いて、即座にイギリスの結婚前パーティー文化を連想できる人はそう多くはないだろう。しかし一度でもロンドンの週末や、リバプール、ニューカッスルのクラブ街を歩いたことのある人なら、奇抜な衣装に身を包み、文字通り羽目を外す集団を見かけたことがあるはずだ。

イギリス人は、とにかく「パーティーアニマル」だ。そしてそれは単なる若気の至りではない。年齢や職業、階級を問わず、「今この瞬間を楽しみ尽くす」というライフスタイルが、彼らの根幹にある。それはまさに「Life is short(人生は短い)」という哲学、いわば「ライフイズショートズム」とでも呼びたくなる一種の文化だ。

スダッグデューとヘンパーティー──結婚前夜は人生最大の祭り

イギリスで「スダッグデュー(男性の独身さよならパーティー)」や「ヘンパーティー(女性版)」は、一大イベントである。新郎新婦が主役ではあるが、企画から当日のアクティビティに至るまで、友人たちが力を尽くして“人生最大の悪ふざけ”をプロデュースする。

それが国内であろうと、海外であろうと関係ない。ラスベガスでギャンブル三昧、ドバイで超高級ホテルに滞在、コロンビアで“刺激的”な夜を過ごすなど、内容は年々エスカレートしている。日本円で言えば、平均して一人あたり20万円〜30万円を費やすことも珍しくない。中には50万円以上の旅費や費用を費やすケースもある。

参加者も主役も、「後悔しないように」「この一瞬を一生の思い出にするために」と口を揃える。社会人としての責任があり、ローンや子育ての問題もあるはずだが、彼らにとって「今楽しむこと」は、未来の不安よりも優先順位が高いのだ。

「やりたいことは、今やる」イギリス人のお金の使い方

イギリス人の浪費的ともいえる金銭感覚は、ただの贅沢ではない。彼らにとってお金とは、“幸せ”や“体験”を買うための道具であり、未来に備えてただ貯め込むものではない。

日本では、「老後のため」「いざというときのために」といった貯蓄文化が根強く、多くの人が日々節制して暮らしている。旅行は年に一度の贅沢、飲み会は月に数回が常識だろう。しかしイギリス人にとっては、今月の給料で楽しめる最大限をどう生きるかが勝負なのだ。

もちろん、全てのイギリス人がこのような消費傾向にあるわけではない。だが、少なくとも「思い出に投資する」という価値観は、イギリス社会ではごく一般的である。そしてそれは、パーティーや旅行に限らない。年に数回の音楽フェス、週末のパブ通い、スポーツ観戦の遠征など、すべてに共通しているのは「今を全力で楽しむ」という姿勢である。

なぜここまで「楽しみ」に本気になれるのか

このような行動の背景には、イギリス独自の歴史や社会背景があるといえる。

まず第一に、イギリスは労働文化が極めて厳しい国だ。サービス業をはじめ多くの職場でストレスやプレッシャーが強く、労働時間も決して短くはない。そのため、「週末くらいは完全に弾けたい」という欲求が強くなるのは自然なことだ。

第二に、イギリスには天気の悪さや経済不安といった、“先行きの暗さ”を感じさせる要素が常にある。ならば、「今ある幸せを最大化する」ことに注力するのが合理的ともいえる。彼らにとって、未来は保証されていないもの。ならば“今”を満喫するしかない、というある種の実存主義的な考え方が根底にある。

また、イギリス社会では「無駄を楽しむ」ことが文化的に認められている。「人生に意味などなくていい、ただ笑い、酔い、踊ればいい」といった快楽主義的な空気が、若者だけでなく中年層にも広く浸透している。

日本人の美徳と、イギリス人の無鉄砲さの間で

日本人からすれば、こうしたイギリス人の生き方は「計画性がない」「無責任」「自己中心的」に映るかもしれない。実際、イギリス国内でも「若者の浪費が家計を圧迫している」といった批判は存在する。

だが一方で、日本人は「未来のために今を我慢する」ことにあまりにも慣れすぎているともいえる。気づけば年に一度の旅行も、月一の外食も、“やってはいけない贅沢”になってしまっている。人生の大半を「備えること」に使い、「楽しむこと」を後回しにしたまま年を取る人が多い。

日本人の「慎ましさ」や「節制の美徳」は、世界的に見ても素晴らしい資質だ。しかし、それが過剰になれば、自分の人生を楽しむ余白を失ってしまうことにもなる。

「ライフイズショートズム」から学ぶこと

イギリス人の生き方を、私たち日本人がそのまま真似する必要はない。だが、そこから学べる価値観は確かに存在する。

それは、「人生は有限であり、今この瞬間を全力で生きることが何よりも大切だ」という考え方だ。特別な日でなくても、今日を少しだけ面白くする選択をする。貯金だけではなく、思い出にも投資する。誰かの期待ではなく、自分の「やってみたい」を尊重する。

今の日本社会には、こうした考え方が少しだけ足りないのではないか。

たとえば、毎月少しずつでも“非日常”にお金を使ってみる。いつもなら選ばない高級レストランに行ってみる。行きたかった場所に週末ひとり旅してみる。そんな“小さなライフイズショートズム”を日常に取り入れてみるだけでも、人生の色合いは大きく変わってくるはずだ。

終わりに──「今を楽しむ勇気」を、ほんの少しだけ

イギリス人のように、スダッグデューでラスベガスへ飛び、ドバイでシャンパンを開けるほどの豪快さは、日本人にはなじまないかもしれない。だが、彼らのように「自分の人生にワクワクする」ことを恐れず、少しだけでも「無駄を楽しむ勇気」を持てたら。

人生は本当に、思っている以上に短い。
そして、「楽しい思い出」に使ったお金だけは、後悔することはない。

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