紳士淑女の国・イギリス:人前でイチャイチャしない、その理由と背景

イギリスという国に抱くイメージのひとつに、「紳士淑女の国」というものがある。整然とした行動、美しい発音、礼儀正しさ。これらのステレオタイプは、実際に現地を訪れると多少のギャップはあるものの、完全な幻想とも言い切れない。

私がロンドンに滞在していたある時、ふと気づいたことがある。街中で、駅で、バスの中で、公園で。――カップルが、あまり人前でイチャイチャしていないのだ。

これがとても不思議だった。東京や大阪などの大都市では、手をつないだり、腕を組んだり、キスを交わしたりしているカップルをよく見かける。特に若い世代のカップルには、ごく普通の日常の光景だ。しかし、ロンドンではそれがとても稀なのだ。

■ ロンドンの街で感じた“静けさ”

私が滞在していたのはロンドン中心部。観光スポットの集まるエリアや、少し外れた地元民の暮らす地域、さらには高級住宅街まで歩いて回ったが、どこを見渡しても恋人たちが「人前でラブラブしている」姿をほとんど見なかった。

手をつないで歩くカップルは時折見かけるが、それ以上の密着やボディタッチはあまりない。電車の中で寄り添っている様子すら、控えめ。日本ではおなじみの「改札前でハグ→キス→行ってきます」というような別れ際のイチャイチャも、ロンドンではほとんど見ない。

では、カップルが存在しないのかというと、もちろんそんなことはない。愛し合う恋人たちはどの国にもいる。ただ、その表現の仕方において、イギリス人は極めて「内に秘める」タイプなのだと感じる。

■ イチャイチャしているカップルの正体は?

ときどき、駅のベンチや広場の一角で、情熱的なキスをしていたり、寄り添って甘い言葉を交わしていたりするカップルを見かけることがある。しかし、よく耳をすませてみると、彼らは英語で話していない。

スペイン語、イタリア語、フランス語、時にはアジア系の言語が聞こえてくる。つまり、そうした“イチャイチャカップル”の多くは、イギリス人ではなく、観光で訪れている外国人カップルであることが多いのだ。

実際、ロンドンにはヨーロッパ各国や中東、アジア、アメリカから多くの観光客が訪れる。異文化が混在する国際都市であるがゆえに、人前での愛情表現のスタイルも混ざり合っている。しかし、イギリス人自身はというと――やはり、どこか節度を守っている印象が強い。

■ イギリス人の恋愛観と“人前のマナー”

イギリスでは「人前で過剰なスキンシップを見せるのはマナー違反」とされる文化が根強い。特にパブリックスペースでは、自己抑制の効いた態度が美徳とされている。

恋愛においても、感情を表に出すことを控える傾向がある。これは恥じらいや控えめさ、あるいは「周囲に不快感を与えないように」という配慮の表れだろう。

日本人と似た感覚があるとも言えるが、イギリス人の場合は、これがある種の“文化的品格”として意識されている節がある。すなわち、「人前で感情をあらわにしすぎるのは、成熟した大人の振る舞いではない」という価値観だ。

また、イギリスの伝統的な教育――いわゆるパブリックスクールや中産階級以上の家庭では、自己抑制や節度が非常に重要視される。子どもの頃から「公の場では落ち着いていなさい」「礼をわきまえなさい」と教え込まれるため、人前での恋愛感情の発露も自然と控えめになる。

■ 恋愛は“プライベートなもの”という意識

イギリス人にとって、恋愛はあくまでも“プライベートなもの”。パブリックとプライベートの線引きが非常に明確で、「人に見せつける」ような行動はむしろ不快と捉えられることすらある。

これは、イギリス人の間でよく語られる「Keep Calm and Carry On(冷静に、いつも通りに)」という精神にも通じる。たとえ恋愛中であっても、人前ではあくまで冷静に、社会の一員としてふるまうことが期待されるのだ。

一方、家の中やプライベートな空間では、一転してとても愛情深くなるのがイギリス人の特徴でもある。友人の話によると、家ではパートナーと手を取り合い、丁寧な言葉で会話をし、日常的にハグやキスを交わすという。つまり、愛情を隠しているのではなく、場を選んでいるだけなのだ。

■ だからこそ際立つ“紳士淑女”の印象

こうした背景を知れば知るほど、「イギリス人はやはり紳士淑女だな」と思わざるを得ない。情熱的で、相手を大切に思う気持ちはある。ただし、それを場に応じてコントロールする理性があるのだ。

駅のホームで派手なキスを交わす代わりに、「Take care, love.(気をつけてね、愛してるよ)」と静かに微笑む。レストランでベタベタ触れる代わりに、食事中の会話に心を込める。

そうした姿勢が、落ち着いた美しさを醸し出しているのだろう。派手ではないけれど、確かな愛情を感じる。そんな関係を築いているカップルが、イギリスには多く存在するように思える。

■ 観光地でのマナー意識

イギリスに限らず、ヨーロッパの国々では「公共マナー」が非常に重視される傾向がある。観光客が増えると、どうしてもマナーの違いが目立ってしまう。

イチャイチャしたカップルをイギリス人が好ましく思っていないという話も、実際によく耳にする。あるイギリス人の友人は「観光地での過剰なボディタッチを見ると少し居心地が悪くなる」と語っていた。もちろん個人差はあるだろうが、公共空間では“ほどほどに”という意識が文化として根づいている。

■ まとめ:イギリスの恋愛文化から学べること

イギリスを訪れて感じたのは、「愛情は見せびらかすものではない」という価値観の奥深さだった。人前でベタベタしない、感情を爆発させない。でも、言葉やふるまいの節々に、深い愛情がにじんでいる。

これは単なる“お堅さ”や“保守性”ではなく、人間関係を大切にし、相手を尊重し、場をわきまえる文化の現れではないだろうか。

恋人との関係を見せびらかすよりも、静かに育てていく。人目を気にするのではなく、人を思いやる。その姿勢にこそ、本物の紳士淑女の精神が宿っているのだと思う。

私たち日本人にとっても、こうした恋愛観には学ぶべき部分があるかもしれない。外見の華やかさではなく、内面の豊かさを育てる恋愛――そんなスタイルを、イギリスの街は静かに教えてくれている。

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