「私たちは家賃を払っていたのに、突然“出て行け”と言われた」
1. シングルマザー:理由なく契約終了、そしてB&Bへ
「家賃は遅れたことがなかった。それでも、追い出された。」
ロンドン北部で9歳の息子を育てるサラ(仮名)は、生活費が高騰する中でも、家賃だけは決して遅れずに支払ってきた。
しかしある日、郵便受けに一枚の封筒が入っていた。
“Section 21 notice ― 2か月以内に退去せよ。”
(理由を示さなくても大家が合法的に契約を終了できる通知)
サラは驚き、震えた。
家賃の滞納も、騒音トラブルも、クレームもない。
ただ、大家が「もっと高く貸せる」と思えば、それで十分だった。
ロンドンで再び住める物件を探したが、
- 家賃は収入の70〜80%に達する
- そもそも競争が激しく、入居を断られる
- 「シングルマザーは信用できない」と露骨に言われた
結局、自治体の手配した一時的宿泊施設(B&B)に移される。
部屋は家族で共有できないほど狭く、調理設備もない。
息子は学校まで片道1時間半かかるようになった。
「私はミスをしていない。なのに別の誰かの利益のために、私の家族が犠牲になった。」
2. 会社勤めのカップル:家賃が急騰し、普通の収入では住めない街に
「2人ともフルタイムで働いているのに、家を失った。」
IT企業で働くアダム(仮名)と看護師のパートナーは、
ロンドンでは“安定した専門職”とされる。
しかし2024〜25年のインフレと家賃急騰で、状況は一変した。
更新のタイミングで、
家賃は 月1,600ポンド → 2,200ポンド(+600ポンド) に。
2人の手取り月収は合わせて3,800ポンドほど。
新しい家賃を払うと、生活費にほとんど残らない。
数週間探したが、同じような価格の物件ばかり。
やっと見つけた1件は、30組以上の競争相手がいた。
「僕たちは“ミドルクラスから転落した”というより、
“ロンドンの家賃がぼくらを拒否した”んだ。」
ついにロンドンでの生活を断念し、郊外へ移らざるを得なかった。
通勤時間は片道1時間以上増え、パートナーは夜勤後の移動で消耗するようになった。
「ホームレス」にはならなかったものの、ロンドンからの追い出し(economic eviction)ともいえるケースだ。
3. 難民認定を受けた青年:住所も権利もないまま街へ放り出される
「28日で家を見つけろ? 書類もないのにどうやって?」
スーダン出身のアミン(仮名)は、紛争から逃れてイギリスに到着した。
難民申請の後、長い手続きを経て保護を受けたのは2025年。
しかし喜びも束の間、手元の通知にはこう書かれていた。
“28日以内に現在の宿泊施設を退去せよ。”
難民認定者は自治体の支援が受けられるが、
身分証明・銀行口座・就労許可などを整えるのに時間がかかり、
28日では到底間に合わない。
家を借りようにも、大家は容易に信用しない。
- 銀行口座なし
- 雇用証明なし
- 「書類が揃うまで待て」と言われる
- そもそも家賃が高すぎる
結果、アミンは路上で一時的に寝ざるを得なくなった。
ロンドン市長や複数の慈善団体が、
この「難民の大量ホームレス化」を強く批判している。
4. 若者のケース:友人の部屋のソファが限界に
「正式な住所がない。これってもう“ホームレス”なの?」
26歳の学生ローン返済中のレイ(仮名)は、家賃負担に耐えられず部屋を解約し、
友人のリビングのソファで数か月生活した。
彼女は毎日朝早く出て、夜遅く帰る。
友人に気を遣い、生活習慣を合わせる。
シャワーは短時間、洗濯は夜遅くにこっそり。
「誰にも迷惑をかけたくない。
でも“ここに住んでいいよ”と胸を張って言ってもらえたことは一度もなかった。」
ソファサーフィンは公式統計に表れないため、
“隠れホームレス”と呼ばれる。
ロンドンでは何万人も存在すると言われている。
やがて友人の恋人が同居することになり、暗に「そろそろ出て行ってほしい」と告げられる。
レイは荷物をバックパックに詰め、再び家探しを始めたが、
希望の地域は最低でも月1,500ポンド以上。
当時の収入では到底払えない。
5. プロフェッショナルの失墜:病気で収入が途絶えた男性
「病気が治ったころには、住所も信用も失っていた。」
サウスロンドンに住むデイビッド(仮名)は、建設会社で10年以上勤めた熟練作業員。
だが突然の怪我で仕事を休むことになり、収入が激減した。
- 病気休暇中の所得は通常の半分以下
- 貯金は医療費と生活費で消えた
- 家賃が払えず、家主から退去要求
自治体の支援を求めても、
「あなたはまだ“ホームレスの危険が56日以内”と判断できない」と言われ、
対応が遅れるケースもある。
最終的に、デイビッドは
ホステル(共同生活施設)に入ることになった。
病気が回復して仕事を再開しようとしても、
- 住所が安定しない
- 書類が揃わない
- メンタルが落ち込む
- 面接に行く服さえ確保できない
などで、職場復帰は困難を極めた。
■ ストーリーに共通する3つの構造的な問題
① 賃貸市場の“理由不要の追い出し”が合法
- Section 21(ノーフォルト退去)が広く使われている
- 家賃を払っていても追い出される不安が常につきまとう
② 家賃が収入に対して高すぎる
ロンドンでは、
「家賃だけで手取りの50〜70%が消える」
というのが珍しくない。
③ 社会的な脆弱性を抱えた人は、立ち直る余裕がない
- 難民
- シングルマザー
- 若者
- 精神的問題や病気を抱える人
- 差別の対象となりやすい人
こうした人々は、わずかな収入減や契約終了通知で、すぐに住まいを失う。
■ 結論:
「住宅ローン破綻」よりも、
「賃貸の不安定さ」がロンドンのホームレスを生み出している
これらの人々の共通点は、
“家賃を払っていないわけでも、怠けているわけでもない” ことだ。
むしろ、
- 真面目に働き
- 家賃も可能な限り払ってきたのに
- 市場と制度の側が彼らを支えなかった
ということが、ストーリーを通じて浮かび上がる。










Comments