
家族とは、どの国においても個人の人生に深く関わる存在です。時代が変わっても「家族」という言葉が与える安心感や、家族の中で築かれる絆の強さは、文化や地域を越えて共通するものがあるでしょう。
しかし、その「家族のかたち」は国や社会の価値観、経済状況、歴史的背景によって少しずつ異なります。今回は「イギリスの典型的な家族」について、そしてその中でも兄弟姉妹の関係がどのように形成され、変化してきたのかを考察してみたいと思います。
「典型的な家族」とは何か
まず「典型的な家族」という言葉の意味を考える必要があります。1950年代のイギリスであれば、典型的な家族は「父親、母親、子ども2人」のいわゆる“2.4 children”(平均的子ども数が2.4人という統計)というモデルが念頭に置かれていました。父は働き手、母は専業主婦。郊外の一軒家に住み、日曜日は教会に行き、紅茶を飲みながら家族の団欒を楽しむ――そんなステレオタイプです。
ですが、21世紀に入りイギリス社会は大きく変わりました。共働き家庭が主流となり、シングルペアレント家庭、同性カップルの家庭、再婚によるステップファミリーなど、「家族」の形は多様性を増しています。2021年の国勢調査によると、結婚していないカップルと子どもによる家庭、または単独世帯が増加傾向にあり、伝統的な核家族モデルはもはや多数派とは言えなくなっています。
住宅事情と家族の空間
典型的なイギリスの家といえば、テラスハウス(連棟式住宅)やセミデタッチド・ハウス(壁を1つ共有する二世帯住宅)が思い浮かびます。広々とした庭付きの戸建てに住むことはかつて一種の理想とされてきましたが、現在ではロンドンなど都市部の不動産価格の高騰により、若いカップルや家族は狭小住宅や賃貸フラットで暮らすことが増えています。
そのような中、家の空間は家族関係にどう影響するのでしょうか。広い家ではそれぞれが自室を持ち、プライバシーが保たれる一方、狭い空間では兄弟姉妹で部屋を共有することも多く、日々の生活の中で密な交流や衝突が起こりやすくなります。これは、兄弟姉妹の関係性にとって、ある種の訓練の場にもなります。
兄弟姉妹の序列と文化的背景
イギリスでは「長子」「中間子」「末っ子」といった立場による役割分担やステレオタイプが、ある程度根強く存在します。
- 長子:責任感があり、保護者的な役割を果たすことが期待される。
- 中間子:調整役になりやすく、時に“見過ごされがち”とされる。
- 末っ子:甘え上手で自由奔放、創造的な性格とされる。
もちろん、これらはあくまで一般論であり、家庭環境や親の教育方針によって全く異なる関係性が築かれる場合もあります。しかし、イギリスの子ども向け文学やテレビ番組を見ていると、こうした兄弟姉妹の「役割意識」が物語の中にもよく登場します。例えば、**『ハリー・ポッター』**シリーズでは、ウィーズリー家の7人兄弟がそれぞれ異なるキャラクターとして描かれ、典型的な兄弟関係の要素を垣間見ることができます。
ライバルか、味方か――兄弟姉妹の心理
兄弟姉妹の関係性はしばしば二面性を持ちます。子どもの頃にはおもちゃの取り合いや親の愛情を巡る競争が日常茶飯事であり、「兄弟げんか」は成長過程の一部とも言えるでしょう。しかし同時に、兄弟姉妹は外の世界に出た時、最も信頼できる味方にもなり得る存在です。
イギリスでは、多くの家庭が子どもに対して「フェアであること(公平性)」を重視します。これは兄弟間の関係にも反映され、プレゼントの値段を揃えたり、習い事の機会を均等に与えたりと、親たちは極力「差」を感じさせないように配慮します。ただし、それでも兄や姉の「先にできる」優位性や、末っ子の「可愛がられる」特権に対して、嫉妬や劣等感が芽生えることは避けられない現実です。
心理学者の間でも、兄弟姉妹の関係性は人格形成に強く影響を与えると考えられており、イギリスではこのテーマに関する研究も盛んです。兄弟が多い場合の社会性の発達や、逆に一人っ子が抱える孤独感の問題など、家庭環境によって子どもの性格は大きく異なります。
大人になってからの関係性
子どもの頃は喧嘩ばかりしていた兄弟姉妹でも、大人になるにつれて関係が変わることはよくあります。特にイギリスでは、「個人主義」と「家族の絆」のバランスを取る文化があるため、大人になった兄弟姉妹がそれぞれ別々の都市や国に住むケースも珍しくありません。
ただ、クリスマスやイースターなどのホリデーシーズンには、多くの人が実家に戻り、兄弟姉妹や親と再会します。こうしたイベントが、兄弟姉妹の関係を再確認するきっかけとなり、年齢を重ねた後の新たな関係構築に役立つのです。
また、高齢になった親の介護をめぐり、兄弟姉妹の間での連携や責任の分担が話し合われることも増えます。こうした現実的な課題を通じて、兄弟姉妹の関係性は「競争」から「協力」へと移行していきます。
兄弟姉妹のいない家庭――一人っ子の増加
近年のイギリスでは、出生率の低下と生活コストの上昇により、一人っ子の家庭が増加傾向にあります。かつては「一人っ子=わがまま」という偏見もありましたが、現在ではそのような見方は減り、一人っ子が持つ独立性や集中力、創造性が肯定的に評価されるようになっています。
一人っ子の親たちは、兄弟姉妹との遊びの代わりに地域の子育てグループや習い事を通じて社会性を育む工夫をしています。また、ペットを家族の一員として迎え入れることで、兄弟姉妹的な関係を擬似的に体験させる家庭もあります。
おわりに:家族のかたちは変わっても
イギリスの「典型的な家族」と「兄弟姉妹の関係」は、時代とともに大きく変化してきました。社会の多様化が進む中で、「普通の家族」という定義はますます曖昧になり、同時に柔軟さと寛容さが求められるようになっています。
けれども、たとえ家族の形が変わっても、人と人とのつながりを築く根底にあるのは、理解・支え合い・愛情です。兄弟姉妹という関係はその縮図とも言えます。時に反発し合い、時に助け合いながら、一生を通じて続いていくこの特別な絆は、イギリスの家族にも、そして世界中の家庭にも共通する、かけがえのない人間関係のひとつなのです。
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