
はじめに
「庶民の声を政治に届ける」
「労働者のための政党」
「格差の是正と社会正義の実現」
これらは、かつてイギリス労働党が掲げていたスローガンだ。
トニー・ベン、クレメント・アトリー、あるいは初期のトニー・ブレア時代において、労働党は確かに庶民に希望を与える存在だった。
しかし2025年、イギリスで再び政権を握った労働党が打ち出したのは――増税だった。
それも、大企業や超富裕層への課税強化ではなく、中間層や低所得者層にも直接影響する増税である。
「一体どこが“労働”の党なんだ?」
「保守党と何が違うんだ?」
「口では『弱者の味方』と言いながら、やってることは以前の政権と同じじゃないか」
そうした声が、今イギリス国民のあちこちで噴き上がっている。
本記事では、現在の労働党が行っている政策の実態と、その背後にある欺瞞、そして「結局、どの政党も庶民から搾り取ることしか考えていないのではないか」という市民の不信感を、8000字で掘り下げていく。
増税の内訳:なぜ今なのか?
新労働党政権は2025年7月、以下のような増税パッケージを打ち出した:
- 国民保険料(National Insurance)の再引き上げ
- 付加価値税(VAT)の一部品目における増税
- 所得税の税率据え置きだが、控除額の凍結による“実質増税”
- 燃料課税の引き上げ
- 小規模自営業者への課税強化
これらの増税によって、一般家庭の年間負担額は平均で約600〜900ポンド増加すると見積もられている。
とくに深刻なのは、これがインフレとエネルギー価格の高騰、家賃上昇が重なる状況下で行われているという点だ。
実質的に、生活に余裕のない層が最も影響を受ける。
「社会的弱者の声を代表するはずの政党」が、まさにその弱者から金を絞り取ろうとしている――それが現状なのだ。
市民の声:「私たちのことなんて見ていない」
ロンドン郊外に住む、看護師のサミラ・ベグさん(38)は、2人の子どもを育てながらフルタイムで働いている。
「労働党に投票したのは、保守党の“緊縮”にうんざりしていたから。でも、結果はどう? 何も変わらない。いや、悪くなってるかも。賃金は上がらないし、物価は上がって、そこに追い討ちのような増税。これじゃもう、政治なんて誰がやっても同じだって思わされる」
このような声は地方でも都市部でも共通している。
「選挙前はやさしい言葉を並べ、選挙後は冷酷な現実を突きつける」――その構図は、保守党政権時代と何ら変わっていない。
なぜ“労働党”は労働者を見捨てたのか?
この問いに対して、政治評論家たちはこう分析する。
1. グローバル経済の論理に呑み込まれた中道左派
現代の労働党は、もはや左派政党とは呼べない。
トニー・ブレア以降の「ニューレイバー」路線により、党内は市場経済との協調路線に舵を切った。
今回の政権も、「財政健全化」「投資家の信頼確保」「国際信用格付けの維持」を重視し、結局は“削るか、増税するか”という選択しかできなくなっている。
結果、矛先が向かうのは動かしやすい市民=弱者層なのだ。
2. 大企業や富裕層への忖度
本来、労働党が取り組むべきは超富裕層や大企業への課税強化だ。
しかし現実は、大手テック企業や金融資本への課税は緩やかで、むしろ一部では優遇措置が取られている。
「企業を怒らせれば、経済が冷え込む」「雇用が失われる」といった言い訳で、政府は富裕層を野放しにし、その分の穴埋めを庶民に押しつける。
これは保守党政権でもあった構図。
つまり、労働党はその“構造”に加担しているだけなのだ。
政策の逆転:マニフェストはどこへ行った?
選挙前、労働党は次のような公約を掲げていた:
- 公共サービスの拡充
- 教育と医療の無償化拡大
- クリーンエネルギー投資
- 雇用の安定化と最低賃金の引き上げ
だが、これらのうち実現に着手したものはほとんどない。
代わりに出てきたのが、財政赤字を理由とした増税と支出削減だ。
公約違反?――否。
今やそれは「政治の常識」になっているのだ。
そして、多くの国民がそれに慣らされてしまっている。いや、諦めさせられている。
歴代政党の“連続性”:どれも同じ顔
保守党政権は、サッチャー以降、社会福祉の削減と民営化を進めた。
労働党も、ブレア以降その路線に寄り添ってきた。
つまり今のイギリス政治は、「表紙が変わっただけの同じ本」なのだ。
政党は違えど、やっていることは同じ。弱者から奪い、強者に忖度する。
この連続性に対し、多くの有権者は怒りよりも“無力感”を抱いている。
では、希望はないのか?
今、イギリス国内では以下のような新しい動きも見られる:
- 小規模な草の根政党(例:The Breakthrough Party)の台頭
- 労働組合や地域団体による自治的な助け合い運動
- 若者世代による政治教育とオルタナティブな政治参加
しかし、これらはまだ「大きな波」にはなっていない。
労働党が本当に労働者を見捨てたとすれば、次に必要なのは、新しい政治的受け皿を作ることだ。
結語:「搾取のループ」から抜け出すには
今の労働党政権は、残念ながら期待された「変革の担い手」ではなかった。
むしろ、より巧妙に、よりソフトな語り口で、これまで以上に庶民の生活を削り取っている。
だがこの構図は、イギリスだけの問題ではない。
現代の民主主義社会に共通する構造的問題なのだ。
政党が政権を取るたびに公約を破り、弱者に皺寄せを押しつける――
この搾取のループから抜け出すには、私たち市民自身が「政治は誰かに任せるもの」という受動性から脱し、能動的に「問い、作り変える」ことが求められている。
それがいつか、「どの政党でも同じ」という絶望を超えた、新しい希望につながるはずだ。
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