「イギリスの室内灯はなぜこんなに暗いのか?──暮らすほどに実感する“光”の文化の違い」

イギリスに住んでみて、まず最初に戸惑うことの一つが「室内の暗さ」だ。これは単なる主観的な印象ではなく、日本から来た多くの人が口をそろえて「目が悪くなりそう」と嘆くほど、イギリスの家の中は本当に暗い。なぜイギリスの室内灯はこれほどまでに暗いのだろうか? その背景には、文化、歴史、気候、さらには美意識といった複合的な要素が存在している。


■ 蛍光灯が当たり前の日本、白熱灯が根強いイギリス

まずは照明器具の違いから見てみよう。日本の家庭では天井に設置された大きな蛍光灯が一般的であり、一部屋全体を明るく照らすことができる。加えて、調光機能がついたLEDシーリングライトなども普及しており、明るさを自在に調整できる環境が整っている。

一方のイギリスでは、蛍光灯はほとんど使われない。代わりに、白熱灯や電球型のLEDが一般的である。特に古い家屋では、白熱灯がいまだに使われており、その光は黄色味が強く、柔らかく温かい印象を与えるものの、照度としてはかなり控えめだ。しかも、多くの場合、部屋の天井中央に一つの小さな照明があるだけで、全体を明るく照らすという発想自体が乏しい。

そのため、日本人がイギリスの家に入った瞬間、「えっ、電気ついてる?」と感じてしまうほど、視界は薄暗く、目が慣れるまでに時間がかかる。


■ 電球の色温度と照度の違い

さらに、イギリスで主流となっている電球の色温度(ケルビン)にも注目したい。日本では昼白色(約5000〜6500K)のLEDライトが主流であり、白くて明るい光が目に馴染みやすい。一方、イギリスでは2700K前後の「ウォームホワイト」が主流であり、オレンジがかった暖色系の光が好まれる。これは落ち着きのある雰囲気を演出するには適しているが、作業や読書には向かない。

また、イギリスでは「アンビエントライト」として、複数の間接照明(スタンドライトやテーブルランプ)を使うスタイルが好まれており、これがさらに「全体的に暗い」と感じさせる要因となっている。照明をインテリアの一部と見なす美意識が強く、明るさよりも「雰囲気」を重視しているのだ。


■ 暗さの文化的背景

この「暗さ」は単なる設備の問題ではなく、文化的な価値観の違いでもある。イギリスでは「明るすぎる照明は無粋」とされる傾向がある。薄暗い照明のもとでリラックスするのが心地よいとされており、たとえ客人が訪ねてきても、部屋の照明を明るくすることはあまりない。

この感覚は、歴史あるパブやカフェ、ホテルのラウンジなどを訪れても感じることができる。ほの暗い照明が空間に奥行きを与え、落ち着いた雰囲気を醸し出している。これはまさに「シャドウ(影)の美学」でもあり、日本とは正反対の方向性である。


■ 目への負担と健康面の懸念

とはいえ、日常生活となると話は別だ。特に本を読んだり、勉強したり、料理をするような作業には、十分な明るさが必要である。しかし、イギリスの住宅ではキッチンですら照明が弱く、手元が見づらいということが珍しくない。

そのため、日本人にとっては「目が悪くなりそう」「肩がこる」といった不満が募る。実際、在英日本人コミュニティでは「目の疲れがひどくなった」「ドライアイが進んだ」といった声が多く聞かれる。特に冬場は日照時間が極端に短くなるため、自然光による補完も期待できず、照明の重要性はさらに増す。


■ イギリスで照明を工夫するには?

このような状況下で、日本人がイギリスで快適に暮らすためには、照明に自ら工夫を加えるしかない。たとえば、以下のような対策が考えられる。

  • LEDスタンドライトの導入:昼白色で高照度のLEDスタンドライトを各部屋に配置する。
  • 電球の交換:ソケットの規格が合えば、色温度の高い(白っぽい)LED電球に取り替える。
  • 光を反射するインテリアの工夫:白や明るい色のカーテン、ラグ、家具を使い、光を拡散させる。
  • ミラーの活用:鏡を壁に掛けて光を反射させ、空間全体の明るさを補う。
  • ポータブル照明の活用:USB充電式のランタンや照明デバイスをデスクやキッチンで使う。

こうした工夫を加えることで、イギリスの暗い室内環境でも、日本での暮らしに近い快適さを取り戻すことができる。


■ それでも「暗さ」は消せない?

いくら工夫しても、「暗さ」という文化的価値観そのものを変えることは難しい。たとえば、イギリス人に「この部屋は暗いね」と言っても、「え、そう?落ち着くじゃない」と返されるだけである。それどころか、明るい蛍光灯の下での生活を「病院みたい」「味気ない」と感じる人も少なくない。

このような意識のギャップは、単なる好みの問題というよりも、光に対する捉え方の違い、つまり「光の文化の違い」なのだ。


■ まとめ:暗さを受け入れる? それとも自分で光を作る?

イギリスの暮らしにおける「暗さ」は、多くの日本人にとって大きなストレス源となり得る。しかし、裏を返せば、それは自分の生活を自分で設計するチャンスでもある。明るさを求めて電球を取り替えたり、スタンドライトを増やしたり、少しの工夫で大きな違いが生まれる。

とはいえ、イギリスに住む限り、「薄暗いのが普通」という価値観と共存していく必要もある。時にはその暗さを「心を落ち着かせる雰囲気」として捉え直すことで、新たな視点から日常の風景を楽しめるかもしれない。

光の中に生きる日本人と、影を愛するイギリス人。どちらが正しいという話ではないが、その違いを知り、自分の暮らしに合った“ちょうどいい明るさ”を見つけることが、異国で快適に暮らすための一歩となるだろう。