イギリス住宅危機の実態:建設ラッシュの裏で進む売れ残りと生活保護転用のリスク

現在、イギリスでは住宅建設が急速に進められている一方で、購入者不足や住宅価格の高騰といった要因により、多くの新築マンションが売れ残るという深刻な状況が続いています。この状況は、単に不動産市場の停滞を意味するだけでなく、将来的に生活保護受給者の受け入れ先として転用される可能性を孕んでおり、国家財政に重大な影響を及ぼす懸念があります。本稿では、この問題の背景、現在の政策、財政への影響、そして今後の提言について深掘りしていきます。

■ 建設ラッシュと売れ残りの現状

労働党政権は2029年までに150万戸の住宅を建設することを公約に掲げており、その達成のために都市計画制度の大幅な改革を進めています。これには、地方自治体の建設計画に対する権限を縮小し、専門の計画担当官により迅速に判断を下す体制への転換が含まれています。これにより、これまで地域住民の反対や行政手続きの煩雑さにより遅延していた住宅開発プロジェクトが加速すると期待されています。

しかし、現実には建設の勢いに陰りが見え始めています。2024年から2025年にかけて発行された新しいエネルギー性能証明書(EPC)の数は211,505件で、前年と比べて9%減少しています。この減少は、建設業界の活動低下を示しており、計画通りに住宅数を増やすことが難しい状況にあることを示唆しています。

■ 高騰する住宅価格と購入者不足

住宅建設が進む一方で、新築住宅の販売は伸び悩んでいます。その最大の要因は、住宅価格の高騰です。特に都市部では平均住宅価格が一般市民の手の届かない水準に達しており、初めて住宅を購入する若年層や中所得者層が市場に参入しにくい状況となっています。加えて、住宅ローンの金利上昇やインフレによる生活費の圧迫も影響し、購入を控える動きが広がっています。

結果として、供給過剰な新築住宅が売れ残り、建設会社や開発業者が在庫を抱える事態に陥っています。一部の業者は販売促進のために価格を引き下げたり、購入者に対するインセンティブ(家具付き販売や初年度管理費無料など)を提供するなどの措置を講じていますが、それでもなお売れ行きは鈍いままです。

■ 生活保護と住宅費の負担構造

このような中、政府が注目しているのが生活保護受給者向け住宅としての活用です。イギリスでは、生活保護制度の一環として「ローカル・ハウジング・アローワンス(LHA)」という仕組みが存在し、受給者が民間賃貸住宅に入居する際には、家賃の一部または全額がこの制度を通じて支払われます。

2025年にはLHAの支給額が引き上げられ、ロンドンにおける支給上限は1ベッドルームで月額550ポンド、2ベッドルームでは740ポンドとなる見通しです。これにより、推定150万世帯以上が恩恵を受けることになります。

しかし、現実の賃貸市場では、家賃がLHAの支給額を上回るケースが少なくありません。その結果、受給者が家賃を自己負担で補填しなければならず、生活が困窮する原因となっています。また、地方自治体はこの不足分を補うために追加的な支援を行う必要があり、自治体財政への圧力が強まっています。

■ 財政への長期的影響

この問題の根本には、政府の住宅支出の構造的な変化があります。1975年には住宅関連予算の約80%が住宅の新規建設に使われていましたが、2000年にはその比率が逆転し、約85%が家賃補助に充てられるようになりました。これにより、公共住宅の新規供給が減少し、民間賃貸市場に依存する受給者が増加したのです。

政府は近年になってようやく方向転換の必要性を認識し、3億ポンドを投じて2万戸の手頃な価格の住宅を建設する計画を進めています。しかしながら、これらの取り組みは建設業界の労働力不足や資材価格の上昇といった問題に直面しており、予定通りに住宅供給を進めるのは容易ではありません。

さらに、新築住宅を生活保護受給者に提供する場合、政府は長期にわたり家賃補助を続けなければならず、これが将来的な財政圧迫要因となる可能性が高いと指摘されています。既に年間数十億ポンドに達する家賃補助費用が、住宅価格の高止まりと相まって今後さらに膨張する懸念があるのです。

■ 今後の展望と持続可能な住宅政策への提言

このような背景を踏まえ、イギリスの住宅政策は抜本的な再構築を迫られています。持続可能な形で住宅の供給と社会保障を両立させるためには、以下の施策が求められます。

  1. 公共住宅の大規模再建設 政府が主体となり、過去のように大規模な公共住宅建設を進めることが必要です。これにより、民間市場の価格高騰に左右されず、安定した住宅供給を確保することができます。また、建設に伴う雇用創出効果や地域活性化といった副次的なメリットも期待されます。
  2. 家賃補助制度の現実化と改革 LHAの支給額は、現行の家賃相場に基づいて適切に再設定される必要があります。また、制度の透明性と効率性を高めるためのデジタル化や、地域ごとの柔軟な対応が求められます。さらに、受給者の自立を促すために、就労支援や住宅取得支援との連携を強化すべきです。
  3. 地方自治体の権限強化と財源確保 地方自治体が地域のニーズに即した住宅政策を展開できるよう、権限と予算の分配を見直す必要があります。特に、都市部と地方との住宅需要のギャップを考慮した戦略的な施策が不可欠です。
  4. 空き家の有効活用とリノベーション支援 売れ残り住宅や空き家を有効活用するため、リノベーション費用の補助や、生活保護受給者向け住宅への転用支援を拡充することも効果的です。これにより、既存ストックの再生を促し、新規建設にかかるコストと時間を節約できます。

■ 結論

イギリスの住宅政策は、単なる数の確保ではなく、質と持続可能性を重視した戦略的な転換が求められています。政府、地方自治体、民間セクターが一体となり、多角的なアプローチを講じることで、住宅問題の抜本的な解決と、社会的弱者の居住安定を同時に実現することが可能です。売れ残る新築住宅を「社会的課題の解決資源」として再定義する視点が、これからの住宅政策の鍵となるでしょう。

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