
日本との文化的な違いから見える「家族」と「自立」のかたち
日本では高齢になると、子ども世代との同居や近所に住む「近居」が選ばれることが多く、介護が必要になると在宅介護や施設への入居といった選択肢が考えられます。その一方で、イギリスでは少し異なる価値観とライフスタイルが根付いています。
「イギリス人は老後どう過ごすのか?」「足腰が弱くなっても子どもに頼らないのか?」「小さなマンションに住み替えるのが普通って本当?」
こうした疑問に答えながら、イギリス人の老後の暮らし方を日本人の視点から読み解いてみましょう。
1. イギリス人の老後観:キーワードは「自立」と「尊厳」
まずイギリス社会全体に強く根付いている価値観のひとつが、「個人の自立(independence)」です。これは若い頃から老後まで一貫して重視されるもので、「人に迷惑をかけない」「できる限り自分のことは自分で」という意識が強くあります。
日本でよく聞く「老後は子どもに世話になる」「最期は家族に看取ってもらいたい」といった願いは、イギリスではむしろ稀です。多くの人が「子どもに迷惑をかけたくない」「自分らしく最期まで生きたい」と考えており、子どもたちもまた「親の介護をするのが当然」とは考えません。
この背景には、イギリスの社会保障制度や介護福祉の充実、そして教育を通じて育まれる「個人主義」の文化があります。
2. 小さなフラット(マンション)への住み替えは一般的?
イギリスでは、定年後あるいは足腰が弱くなりはじめた高齢者が、それまで住んでいた戸建ての家を売却して、小さな「フラット(flat)」や「バンガロー(bungalow=平屋)」に引っ越すのは一般的です。
理由は主に以下の3つです:
- 階段がない、または少ない物件への移住:関節や筋力の衰えを考慮し、バリアフリーで生活しやすい家へ移る。
- 維持費の節約:大きな家は光熱費も修繕費もかかる。年金生活に合わせたコスト調整の一環。
- ライフスタイルの簡素化:広い庭の手入れや家の掃除から解放され、よりシンプルで静かな生活へ。
また最近では「シェルタード・ハウジング(Sheltered Housing)」という形態も人気です。これは高齢者向けの小規模な集合住宅で、生活は独立しつつも、緊急ボタンや管理人のサポートがあるため、安心して一人暮らしを続けられるのが特徴です。
3. 老人ホームに入るタイミングと選び方
では、介護が必要になった場合、イギリス人はどのように対応するのでしょうか?
ここで登場するのが、いわゆる「ケアホーム(care home)」です。
イギリスの老人ホームには大きく分けて2種類あります:
- Residential Care Home:食事や身の回りの世話などのサポートがあるが、医療ケアは基本的にない。
- Nursing Home:看護師が常駐し、医療的ケアも受けられる。
これらの施設に入るタイミングは人それぞれですが、多くの場合「本人の判断」で決められます。家族と相談することはあっても、「子どもが決める」「同居の選択肢の一つとして老人ホームを勧める」といった日本的な展開とは異なります。
また、資産や年金額に応じて「自己負担」か「公的補助」かが決まります。高齢者の資産が一定以下の場合、地方自治体(council)が費用を一部または全額負担してくれる仕組みがあります。
4. 親子関係のあり方:あっさりしているけれど冷たいわけではない
「イギリス人は老後に子どもに頼らない」と聞くと、冷たい関係のように思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。むしろ、親が子に依存しないことを愛情のかたちと捉える傾向があります。
もちろん、まったく世話をしないわけではありません。週末に顔を見せたり、電話で話したり、買い物を手伝ったりといった「精神的な支え」や「軽度の実務支援」はあります。しかし、親が日常的に生活を子どもに頼るという発想は基本的にありません。
そのため、イギリスでは「親が老人ホームに入った」と聞いても、それはごく自然なこと。むしろ「自立を貫いて偉い」という感覚があるのです。
5. 日本との比較:なぜこんなに違うのか?
日本では今も「親孝行」「家族で支え合う」という価値観が根強く残っています。一方で、介護の現実や世代間格差により「共倒れ」が社会問題にもなっています。
イギリスのように「親は親、子は子」と割り切るスタイルには冷たさも感じられるかもしれませんが、「自立を尊重する社会システム」があってこそ成り立っているとも言えるでしょう。
どちらが正しいというより、社会制度と文化、価値観が密接に関係しているのです。
6. 結びに:老後の選択肢を自分の言葉で語れる社会へ
イギリス人の老後の選択肢を見ていて感じるのは、「自分の意志で老後をデザインする」ことへの意識の高さです。人生100年時代、誰もが自分自身の老いを考える時代です。
日本でも「子どもに迷惑をかけたくない」と考える人は増えていますが、実際に住まいや介護の選択肢を考えるとなると、制度的な支援や情報がまだまだ不足しています。
老後に向けて、「誰と、どこで、どう生きるか」を話しやすい空気、そしてそれを支える社会制度こそが、これからの課題ではないでしょうか。
イギリスの老後の過ごし方から学ぶべきことは、単なる文化の違いではなく、「自分の老後をどう生きるか」という覚悟と準備の大切さ」なのかもしれません。
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