英国で急増するロマンス詐欺の実態──甘い言葉の裏に潜む罠

■ はじめに:デジタル時代の「愛」が生む悲劇

恋愛詐欺──いわゆる「ロマンス詐欺」は、単なる金銭被害にとどまらず、被害者の心を深く傷つける犯罪です。
「本当に愛されていると思っていた」「結婚まで考えていたのに」──そんな悲痛な声が、近年イギリス各地で相次いで報告されています。

特にコロナ禍以降、孤独感や不安感を抱える人々の心理に巧みに入り込む詐欺師たちは、出会い系アプリ、SNS、時にはオンラインゲームなどあらゆるプラットフォームを利用し、被害者を「愛」で包み込み、やがて「金銭」という見返りを求めてくるのです。

では、実際にどのような手口で人々は騙されているのでしょうか。具体的な事例とともに、英国におけるロマンス詐欺の最新の実態を紐解いていきます。


■ 英国の被害実態──毎年増え続ける数字

イギリスの国家詐欺情報局(National Fraud Intelligence Bureau)によれば、2024年に報告されたロマンス詐欺の件数は約9,000件。被害総額は約9,500万ポンド(約180億円)に上り、被害者一人当たりの平均被害額は1万ポンドを超えるとされています。

英国金融協会(UK Finance)の統計によると、ロマンス詐欺は「APP詐欺(本人認証付き詐欺)」の一種とされ、詐欺師が巧みに送金を誘導し、銀行の本人認証を突破して資金を奪う手口が主流です。

とりわけ中高年層の被害が深刻で、出会いを求めてネットにアクセスしたことで詐欺に巻き込まれるケースが後を絶ちません。特に退職後の孤独感や配偶者との死別後など、心が脆くなっているタイミングを詐欺師たちは巧みに狙っています。


■ 詐欺師の手口とは?──3つの典型パターン

1. 長期的な信頼構築

詐欺師は決して急がず、数週間から数か月をかけてゆっくりと信頼関係を築いていきます。「朝の挨拶」から「おやすみ」の言葉まで、まるで本当の恋人のように振る舞い、被害者の生活の一部に溶け込んでいくのです。

やり取りは丁寧で一貫しており、共通の趣味や人生観を持っているように装います。これにより、被害者は「この人は他の誰とも違う」と感じてしまうのです。

2. 正当化された金銭要求

関係が深まると、次第に「ちょっとしたトラブルに巻き込まれている」「助けてくれるのは君だけだ」と金銭の支援を求めてきます。代表的な理由は以下の通りです。

  • 海外出張先でパスポートを紛失した
  • 子どもや家族が事故にあった
  • 医療費が払えず困っている
  • ビザや飛行機の手配費が足りない

金額は最初は数百ポンド程度から始まり、徐々にエスカレートします。断ると「君は僕を信じていないのか」「僕がどれだけ愛しているかわかっていない」と精神的な圧力をかけてくるのが特徴です。

3. 最新技術の悪用

近年では、AI生成のプロフィール写真やディープフェイク動画を使い、詐欺師自身の姿を「証拠」として見せてくるケースもあります。「顔を見せて」と要求されるのを想定し、あらかじめ用意された「本人の動画」を送り、信用を得ようとするのです。

これにより、詐欺師の姿を疑う術を持たない高齢者などが、ますます信じ込んでしまう傾向が強まっています。


■ 被害事例1:83歳女性が恋に落ちた相手は…

イングランド北部に住むアリスさん(仮名・83歳)は、スマートフォンで始めたオンラインパズルゲームで知り合った男性と意気投合しました。相手は「フレッド」と名乗り、若い頃にロンドンで働いていたという英国紳士。

数か月にわたって毎日やり取りをし、朝晩のメッセージが習慣となっていました。やがて「トルコで事故に遭った娘の医療費が必要」という相談が持ち込まれ、彼女は自身の年金から2万ポンド以上を振り込んでしまいます。

孫からの助言でようやく詐欺に気づいたものの、彼女は「心の一部を失った」と語り、その後は一切のネット交流を絶ちました。


■ 被害事例2:50代女性、相続財産30万ポンドを喪失

ロンドンに住むキャサリンさん(仮名・52歳)は、夫を亡くした直後、Facebookの友達申請から知り合った「ティム」と名乗る男性とやり取りを始めました。海上技師を名乗るティムは、海外から頻繁に連絡を取り、次第に結婚の話まで持ち出してきました。

彼女は、亡き夫からの相続で得た30万ポンド(約6000万円)を「将来の家購入のため」として送金。その後、連絡が途絶え、不審に思って警察に相談した時には、すでに資金は追跡不能になっていました。


■ 被害事例3:詐欺師の正体はプロのペテン師

2024年に逮捕されたレイモンド・マクドナルド(51)は、複数の女性と並行して恋愛関係を築き、写真付きの婚約指輪の偽装、結婚式場の予約などを演出しながら、総額20万ポンド以上を詐取していました。

「君だけが特別だ」と口にしていたその裏で、彼は6人の女性と交際を装っており、被害者たちは「愛されたことはすべて嘘だった」と心に深い傷を負いました。


■ 被害に遭う心理と背景

多くの被害者は、決して無知だったわけではありません。むしろ、教育水準が高く、社会的地位もある人が騙されるケースも少なくありません。なぜなら、詐欺師の手口は「信頼と愛情」によって論理的思考をマヒさせるものだからです。

加えて、コロナ禍による孤独感、SNS依存、対面での出会いの減少など、現代社会の構造そのものがロマンス詐欺を助長している側面も否めません。


■ 防止策と支援体制

個人でできる対策

  1. 顔を見せない相手は疑う:会うことを拒否する相手は基本的に警戒すべき。
  2. 金銭の話が出た時点で警報を鳴らす:どんなに親しくなっても、オンライン上の関係にお金を出してはいけない。
  3. 第三者に相談する:家族や友人、相談窓口に一度話してみることで冷静さを取り戻せる。

公的機関・相談先

  • Action Fraud:英国の詐欺通報窓口。オンラインや電話で通報可能。
  • 警察:重大な被害や脅迫を受けた場合は直ちに連絡。
  • 支援団体:ロマンス詐欺の被害者向けに、心のケアや法的支援を行うNPOが複数存在。

また、2024年より英国の銀行制度では、一部の詐欺被害について返金補償制度が導入され、条件により被害額の一部または全額が返金されるようになりました。


■ 終わりに:信じたい気持ちにこそ、冷静さを

誰かを信じるという行為には、常にリスクが伴います。けれども、それでも私たちは人を信じたい。孤独な時、優しく声をかけられたら、心が揺れるのは当然のことです。

ロマンス詐欺は、そんな人の純粋な気持ちを悪用する、極めて悪質な犯罪です。大切なのは「信じる心」に「疑う力」を同時に持つこと。愛を探す旅に出る前に、どうか一度、冷静な目を持って自分を守ってください。

甘い言葉の裏に潜む罠を見抜くために──あなた自身の心を守るために、知識は最大の武器になります。

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