近年、イギリスの主要メディアが、アメリカによるベネズエラへの軍事的圧力や攻撃的姿勢を強く非難する論調を展開する場面が目立つ。一見すれば「国際正義」を掲げる健全な批判のように映るが、視点を国内に戻すと、そこには看過できない矛盾が横たわっている。
解決されない国内危機
イギリス国内では、生活費危機、医療制度(NHS)の逼迫、住宅不足、移民政策の混迷、地域間格差の拡大といった深刻な課題が同時進行している。にもかかわらず、これらの問題に対する継続的かつ掘り下げた検証よりも、海外の軍事行動を道徳的高みから批判する記事が大きく扱われることが少なくない。
「正義」の輸出と責任の回避
とりわけ、アメリカの対外行動を批判する際、イギリスメディアは自国が長年同盟国として果たしてきた役割や、過去の軍事介入への関与にはあまり触れない傾向がある。これは、読者にとって理解しやすい「善悪二元論」を提供する一方で、国内政治の不作為や政策の失敗から目を逸らす機能を果たしているとも言える。
メディアの役割とは何か
本来、メディアの第一の責務は、自国社会が直面する現実を直視し、権力を監視し、公共的議論を成熟させることにある。国際問題への批判が不要だというわけではない。しかし、国内の危機を後景に追いやったまま、他国の行動だけを声高に非難する姿勢は、説得力を欠く。
求められる視線のバランス
イギリスメディアに必要なのは、対外批判と自己省察のバランスだ。アメリカのベネズエラ政策を論じるのであれば、同時に自国の社会的・経済的問題にも同等の熱量で向き合うべきだろう。そうでなければ、その批判は「安全な距離」からの評論に過ぎず、読者の信頼を長期的に損なうことになりかねない。
国内問題が山積する今こそ、メディアには鋭い自己反省と責任ある報道姿勢が求められている。国際正義を語る前に、足元の現実に光を当てる――それが、真に公共に資する報道ではないだろうか。










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