
イギリスに住んでいると、日本とはちょっと違った食に関する「常識」に遭遇することがある。そのなかでも特に興味深いのが、電子レンジは体に悪いとか、一度解凍した冷凍食品は絶対に再冷凍してはいけないといった話だ。もちろん、ある程度の根拠がある話もあるが、多くは科学的に誤解された情報に基づいていることが多い。
それにも関わらず、イギリスでは意外にも食中毒が日常的に起こっている。この国の人々は「食の安全」について強い信念を持っているように見えるが、実際のところ、統計を見ると驚くほどの頻度で食中毒が発生しているのだ。
この記事では、イギリスにおける食の常識と誤解、そして食中毒の現実について深掘りしていこうと思う。
1. 「電子レンジは体に悪い」という神話
まずは、イギリスで根強く信じられている「電子レンジ=健康に悪い」説。これは本当に根深い。特に年配の世代になると、電子レンジで調理したものは「放射線で汚染されている」とまで言う人もいる。
◆ 放射線=危険という思い込み
多くの人が「電子レンジ=放射線=がん」という短絡的な連想をしているようだ。しかし、電子レンジが使っているマイクロ波は、放射線といっても電離放射線(X線やγ線など)ではない。つまり、DNAを破壊したり細胞を傷つけたりするような種類の放射線ではない。
マイクロ波は単に水分子を振動させて摩擦熱を生むだけ。物理的な加熱方法の違いであって、食材が「汚染される」わけでも、「栄養が消える」わけでもない。実際、野菜などは茹でるよりも電子レンジで加熱したほうが栄養が残るという研究もある。
◆ 健康リスクはむしろ「使い方」の問題
電子レンジが「健康に悪い」とされる理由の多くは、実は加熱ムラや加熱不足による食中毒のリスク。たとえば、冷凍食品を電子レンジで加熱したが中心部が冷たかったために、細菌が生き残ってしまうというケースだ。
つまり、「電子レンジ自体が悪い」のではなく、「正しく使わないと危ない」だけなのである。
2. 「冷凍食品の再冷凍は絶対ダメ」は本当か?
次に、これまたイギリスでは「常識」として語られている、「一度解凍した冷凍食品は再冷凍してはいけない」説。これについても、条件付きで誤解がある。
◆ 一般的な家庭での再冷凍は「リスクはある」
確かに、解凍した食品を常温で放置していた場合、細菌が繁殖してしまい、再冷凍しても死滅しない可能性がある。特に肉類などは注意が必要だ。
しかし、冷蔵庫内で解凍し、衛生的な環境で再冷凍した場合は、基本的に安全とされている。もちろん、再冷凍すると品質は劣化するが、それは味や食感の問題であって、食中毒とはまた別の話だ。
◆ 業務用では普通に行われている「再冷凍」
面白いことに、レストランやスーパーマーケットでは、再冷凍は普通に行われている。例えば、大きな魚や肉を業者が解凍して加工し、それをパックして再度冷凍して販売することはよくあることだ。要は、「再冷凍=危険」というのは、科学的な問題というより、誤解と不安感の問題なのである。
3. 食の「神経質さ」と「いい加減さ」が同居するイギリス
イギリスでは、電子レンジや冷凍食品に対して神経質な一方で、驚くほど雑な食習慣も目にする。
◆ 常温放置、消費期限の無視
・ランチで作ったサンドイッチを常温で夕方まで放置して食べる
・前日のカレーや肉料理を、温めずにそのまま食べる
・牛乳が明らかに臭っていても「大丈夫」と言って飲む
こうした光景は、イギリスの日常でわりとよく見かける。そして、これらこそが食中毒の原因となる行為なのだ。
◆ 実際にイギリスで食中毒は多い
英国保健安全庁(UKHSA)のデータによると、イギリスでは毎年およそ280万人が食中毒を経験していると推定されている。これは人口のおよそ4~5%。しかも、報告されていない軽度の食中毒を含めると、もっと多い可能性がある。
4. 原因のトップは「家庭内調理」
イギリスでの食中毒の原因として最も多いのは、実は家庭での調理ミスによるもの。外食よりも家庭内での衛生管理が甘いことが原因になっている。
◆ 代表的な原因:
- 十分に加熱されていない肉(特にチキン)
- 手洗いをせずに調理
- 生肉と他の食材のクロスコンタミネーション
- 調理器具の洗浄不足
- 温度管理の甘さ(冷蔵庫の温度が高すぎる、放置時間が長すぎるなど)
また、食品表示の読み間違いや、保存の誤解も食中毒の一因。たとえば「Best Before」と「Use By」の違いが分からない人も意外と多い。
5. 「誤解された安全意識」が招く逆効果
イギリスの食の安全文化は、悪く言えば「細かいところを気にしすぎて本質が抜けている」ことが多い。電子レンジを極端に避けたり、冷凍食品を過剰に警戒したりしている一方で、基本的な衛生管理が抜け落ちていたりする。
◆ 正しく怖がることの大切さ
食のリスクを避けるには、科学的な知識に基づいた「正しい怖がり方」が必要だ。過剰な不安は、かえって便利で安全な技術(電子レンジや冷凍保存など)を遠ざけてしまい、もっと危険な調理法や保管方法を選ぶことになりかねない。
6. まとめ:イギリスの「食中毒大国」という現実
イギリスは、表面的には「食の安全」にうるさい国に見えるかもしれない。しかし実際には、科学的知識の不足や不合理な思い込みによって、逆に食中毒のリスクが高くなっているという皮肉な現実がある。
電子レンジも冷凍食品も、正しく使えば安全で便利なツールだ。誤解を正し、科学的な根拠に基づいた安全意識を持つことが、食中毒のリスクを本当に下げるためには欠かせない。
私たちは、テクノロジーを「信じるか信じないか」ではなく、「どう使いこなすか」にもっと目を向けるべきなのかもしれない。
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