イギリスの老人ホーム事情を調査して見えたもの

薄暗い老人ホームの廊下に車椅子で座る高齢者の後ろ姿。遠くの窓から差し込む光が孤独を照らしている。

――「汚い・臭い・暗い・酷い扱い・最後は“ゴミ扱い”」という声の裏側

■ はじめに

イギリスの高齢者介護システムは、かつて福祉国家の象徴といわれた。
しかし近年、「汚い」「臭い」「暗い」「扱いが酷い」──そんな悲痛な声が各地から聞こえている。
実際に現場を追ってみると、それは一部の例外的な不祥事ではなく、制度疲労の末に生まれた“構造的な崩れ”であることが見えてきた。


■ 1. 人手不足が生む「汚れ」と「臭い」

イギリスのケアホームは慢性的な人手不足に陥っている。
介護士の賃金は国の最低賃金すれすれ。離職率は3割を超え、求人を出しても人が集まらない。
その結果、清掃や排泄ケア、食事介助などの時間が圧迫され、
「部屋の臭いが取れない」「おむつ交換が遅れる」といった衛生面の問題が起こりやすくなる。

夜勤では一人の職員が20人以上を担当するケースもあり、
照明が落ちた暗い廊下を急いで往復するスタッフの姿が常態化しているという。


■ 2. 「酷い扱い」「ゴミ扱い」に感じる理由

介護現場の多くは善意と努力で支えられている。
しかし一部の施設では、入所者を人として扱わないような場面が報告されている。
例えば、スタッフが無言で食事を口に押し込む、夜間に呼び鈴を鳴らしても誰も来ない、
排泄の失敗を叱責される──そうした光景を見た家族の証言は少なくない。

こうした扱いの背景には、職員教育の不足、ストレス、そして管理体制の脆弱さがある。
介護労働は過酷で報われにくい。ケアを“仕事”としてこなすしかなくなると、
いつしか「人」ではなく「作業対象」として見てしまう危険がある。


■ 3. 「暗い」施設の現実

一部のホームでは、古い建物を改装せず使い続けている。
照明は薄暗く、通気性が悪い。
カーテンを閉め切ったまま、昼夜の感覚も失った入所者がテレビの光だけを頼りに過ごす──
そんな“暗さ”が、物理的な照度の問題を超え、心理的な陰鬱さとして漂っている。


■ 4. 経済的な地獄

介護費用は年々高騰しており、
平均で週に1,300ポンド(年間約67,000ポンド)前後とされる。
公的補助を受けられない中間層では、
「家を売らなければ親の入居費を払えない」という声が現実となっている。

資産が尽きると、自治体の補助内で空きのある施設に移らざるを得ない。
その際、本人や家族の希望が通らず、
結果として設備の悪いホームに押し込まれるケースも多い。


■ 5. 「良い施設」も存在する

すべての老人ホームが酷いわけではない。
ケアの質を保ち、職員が誇りを持って働くホームも確かにある。
そうした施設では、
・居室や廊下の消臭・換気が徹底されている
・夜間も十分な照明があり、転倒防止対策が整っている
・スタッフが名前で呼びかけ、入居者と対話を重視している
といった点が共通している。

問題は、このような“良質な施設”が全体の中でまだ少数派だということだ。


■ 6. どうすれば見抜けるか

家族が施設を選ぶ際は、次の点を確認するのが有効だ。

  1. 公的評価(CQCなど)でのランクと改善記録
  2. 夜間の職員配置数
  3. 口腔ケアや入浴の頻度
  4. 面会や外出の自由度
  5. 苦情への対応窓口と記録の透明性

見学時には必ず「食事の時間」「夜間の雰囲気」を確かめたい。
臭い・声かけ・照明の明るさだけで、その施設の“文化”が分かる。


■ 7. 政府の遅れと今後

政府は介護制度改革を進めているが、
財源不足と人材危機が根深く、抜本的な改善には至っていない。
費用上限の設定(Cost Cap)はたびたび延期され、
家族の負担は重くなる一方だ。

同時に、現場の声を吸い上げる仕組みも十分ではない。
一人ひとりの入所者の「尊厳」を守るには、
制度と現場の両方に“人間らしさ”を取り戻す改革が求められている。


■ 終わりに

「汚い」「臭い」「暗い」「酷い扱い」「ゴミ扱い」──
この言葉は、絶望した家族や職員の心から出た悲鳴だ。
そこには怒りだけでなく、「どうにかしてほしい」という祈りが込められている。

イギリスの老人ホーム問題は、
単なる施設運営の問題ではなく、老いを社会がどう扱うかという問いそのものである。
“生きる価値を最後まで守る”社会を築けるかどうか。
それが今、静かに試されている。

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