マンチェスターの悪夢:100人以上を襲った「世界最悪のレイプ犯」

抽象的にぼかされた都市のネオンライト

■ 序章:誰も知らなかった隣人の正体

夜のマンチェスター。クラブやバーからあふれ出る音楽、笑い声、ネオンの光。その喧騒の中で、一人の“親切そうな大学院生”が、何百人もの若者を自宅へと誘っていた。

「携帯の充電をする?」「少し休んでいく?」
――その一言が、人生を変えるきっかけになるとは、誰も思っていなかった。

Reynhard Sinaga(レイナード・シナーガ)。
表向きは穏やかで礼儀正しい学生、インドネシア出身の留学生。
しかしその裏の顔は、英国史上最多の性犯罪者として記録される存在だった。


■ 事件の発覚:偶然が暴いた終わらない悪夢

2017年、ある若い男性が病院に運ばれた。
彼は意識を失っていたが、目を覚ました後、自分の携帯や財布を見つけ出そうとSinagaの部屋に戻った。
そのとき、Sinagaを現行犯で押さえ込み、警察を呼んだ。これが、すべての始まりだった。

警察が彼の携帯を調べると、そこには数時間に及ぶ性暴行の映像が記録されていた。
しかも、それは一件や二件ではない。何百もの映像が静かに保存されていたのだ。


■ 犯罪の実態:巧妙な“優しさ”が罠になる

捜査が進むにつれ、明らかになった事実は英国社会に衝撃を与えた。
Sinagaは夜の街で酔った若者に声をかけ、
「休んでいけば?」「飲み直そう」と親切を装って自宅に誘った。

そこで彼は、飲み物に薬物を混入。
意識を失った被害者を性的に暴行し、その様子をスマートフォンで撮影していた。

最初の裁判で立証された被害件数は136件、被害者は48人。
しかし警察は、映像の中に少なくとも190人の別の男性が映っていると判断している。
これは、英国どころか世界でも例を見ない規模の性犯罪だった。


■ 加害者の素顔:知的で穏やかな大学院生

驚くべきことに、Sinagaはマンチェスター大学で博士号を取得中の留学生だった。
彼は哲学やジェンダー学を学び、「性的少数者の社会的受容」をテーマに論文を書いていたという。

周囲の友人は口を揃えて言う。
「静かで穏やか、決して攻撃的な人間ではなかった」

だが、裏では全く別の人格が存在していた。
そのギャップこそが、社会を震撼させた理由の一つでもある。


■ 英国を揺るがせた判決

2020年1月、Sinagaには終身刑(最低30年服役)が言い渡された。
裁判官はこう言い放った。
「あなたは史上最悪の連続レイプ犯だ。あなたの冷酷さと執拗さは、悪夢そのものだ。」

Sinagaは終始、罪を否認。自らを「被害者も同意していた」と主張したが、映像と薬物の痕跡がその主張を完全に覆した。
警察はのちに、彼を「静かなる捕食者」と呼んだ。


■ 男性被害者の沈黙と社会の偏見

この事件が特に衝撃的だったのは、被害者の多くが異性愛者の男性だったことだ。
彼らの多くは、暴行を受けたことに気づかず、あるいは恥や恐怖から警察に通報できなかった。

男性が性被害を受けることは「ありえない」とされがちな社会の偏見。
それこそが、Sinagaの犯行を長期間にわたって可能にした温床だった。

「被害にあったのは自分だけではなかった」
そう知った時、多くの男性が初めて“声を上げる勇気”を持てたという。


■ 社会が学ぶべき教訓

この事件から得られた教訓は、単に犯罪者の異常性にとどまらない。
それは、社会の無関心と偏見が作り出した“沈黙の空間”の問題でもある。

  • 酔った相手を守る文化、ではなく「狙う者を見抜く意識」を持つこと。
  • 男性・女性を問わず、性暴力の被害は誰にでも起こりうるという現実を認識すること。
  • “被害者らしさ”という固定観念を壊す勇気を持つこと。

警察もこの事件をきっかけに、男性被害者への支援体制を強化し、夜間の安全啓発を進めている。


■ 被害者たちへの敬意

報道では、被害者の多くが匿名のままだ。しかし彼らの証言がなければ、この事件は永遠に闇に葬られていた。
ある被害者はこう語る。
「彼を止められたことで、これ以上の被害者が出ないと思うと救われた」

それは、恐怖と恥に打ち勝った静かな勇気の物語でもある。


■ 終わりに:夜の街の“優しさ”を疑う時代

マンチェスターの中心街、オックスフォード・ロードを歩くと、かつてSinagaが住んでいたフラットの建物が今も残っている。
何も変わらない街並みの中に、ひとつの問いが浮かぶ。

「あなたが信じた“優しさ”は、本当に安全だろうか?」

夜の街のきらめきの裏で、誰かの悪意が潜んでいる。
その現実を直視し、私たちはどう生きるか――。
この事件は、今もなお、社会に問いを投げかけ続けている。


参考資料

・The Guardian(2020年1月)
・BBC News(2020年)
・Greater Manchester Police 発表資料(2020年)
・Wikipedia「Reynhard Sinaga」

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