誰も気づかない「得をしているのは誰か」――エッピングの大型ホテルと移民問題をめぐる真実

イギリス各地で、移民をめぐる抗議活動と、それに反発するデモが相次いでいる。街頭ではプラカードを掲げる人々が集まり、時に警察を介した衝突が起こり、逮捕者まで出る騒ぎとなっている。イギリス社会の空気はどこか張りつめ、冷静な議論よりも感情的な対立が目立つようになってきた。

そんな中、特に注目を浴びているのが、ロンドン近郊のエッピングという町にある一軒の大型ホテルだ。このホテルは政府の制度を利用し、積極的に移民、しかも不法移民までも受け入れているという。地域住民の間では「国がなぜ不法移民にまで宿泊を保証し、ホテルに金を支払っているのか」という怒りの声が広がり、裁判沙汰にまで発展している。

しかし冷静に見れば、この構図は決して単純な「税金の無駄遣い」や「不法移民の優遇」とは言い切れない。むしろそこには、誰も気づかない現実の利益の循環が存在しているのだ。

「月7万ポンド」という噂が示すもの

エッピングのホテルは79室を備えた、地域では比較的大型のホテルである。コロナパンデミック以降、観光客は激減し、ホテル業界は深刻な打撃を受けた。閉館に追い込まれた施設も少なくない中、このホテルは政府との契約によって移民を受け入れ、そこから収益を得ているとされる。

具体的な金額については公的に明らかにされていないが、地元では「毎月7万ポンド(日本円でおよそ1,300万円)が国から支払われているらしい」という噂が広がっている。事実かどうかは確認できないものの、この額がもし本当ならば、ホテル経営にとっては驚くほど大きな救済策となることは間違いない。

宿泊者である移民たちは、一切費用を負担せずにベッドで眠り、シャワーを浴び、食事を受け取る。生活の基本は保証され、ホテル側は空室リスクを抱えることなく、毎月定額の収入を得られる。

経営者だけでなく、そこで働く従業員もまた、仕事を続けられることで恩恵を受けている。パンデミック後の不況で職を失う人が多い中、このホテルに関わる人々は一定の安定を手にしたのだ。

「得をしているのは誰か?」という問い

では、この状況で「得をしているのは誰か?」と問うならば、まず真っ先に挙がるのはホテル経営者と従業員である。彼らは国からの安定収入を得ることで経営を維持し、雇用を守っている。

次に、もちろん移民本人たちだ。命からがら祖国を逃れ、不安定な立場にある彼らにとって、安全な寝床と食事が保証されることは、単なる「得」ではなく「生存そのもの」につながる。

さらに言えば、町全体に波及効果もある。ホテルの運営には食材の仕入れや清掃サービス、地元の業者との取引が欠かせない。つまり、仮に噂どおりの7万ポンドが支払われているとすれば、そのお金は地域経済にも還元されているのである。

反対派の論理とその根底にあるもの

しかし、移民反対派はこうした側面をほとんど見ようとしない。彼らが強調するのは、治安の悪化や文化的摩擦だ。移民の男性が地元女性を襲ったというニュースが報じられれば、それがたとえ事実確認のない噂レベルであっても、すぐに「移民=危険」という図式へと結びつけられる。

実際、その事件の加害者がエッピングのホテルに滞在していた移民かどうかは定かではない。それでも反対派の目には「彼らの存在そのもの」が不安の象徴として映るのだ。

だが冷静に考えてみれば、この不安や憤りは「損得」の観点とは別次元のものだ。移民がいることで町の誰かが直接的に経済的損失を受けているわけではない。むしろ逆に、地元経済は救われている。しかし反対派は、その構造を理解するより先に「よそ者を排除せよ」という感情に支配されているのだ。

誰も損していないという事実

エッピングのケースを俯瞰すると、現状では「誰も損していない」と言える。ホテルは救われ、従業員は職を得、移民は生活を保証される。地元経済にもお金が流れ込む。

それにもかかわらず、反対派はこの事実を理解しようとしない。むしろ、ホテルに滞在する移民たちを追い出すことに全力を注ぎ、裁判という形で地域を分断させている。

皮肉なことに、もし彼らの主張が通り、移民が町からいなくなったらどうなるか? 真っ先に困るのは、ほかでもない地元のイギリス人たちなのだ。ホテルは再び経営難に陥り、従業員は職を失い、地域経済は縮小する。反対派はその未来に気づかない。いや、気づこうともしない。

善悪ではなく、現実としての「移民問題」

移民をめぐる議論は、多くの場合「善悪」で語られる。「移民は悪い」「彼らを守るのは偽善だ」といった言説が飛び交い、冷静な分析はかき消されてしまう。しかし、エッピングの事例は、移民問題を違う角度から見る必要があることを教えている。

移民は町を蝕む存在ではなく、むしろ社会を支えている一部でもある。もちろん不法移民の是非や制度上の課題は残されているが、それを理由に彼らの存在をすべて否定するのは、あまりに短絡的だ。

むしろ必要なのは、感情的な「排除」ではなく、現実を直視した上での議論だろう。エッピングのホテルのように、移民を受け入れることで誰もが「損をしない」構図が存在する以上、それをどう持続可能な形にしていくかを考えることこそが、本当の意味での「移民問題」解決につながるはずだ。

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