インドとビジネスをする際に英国人が知っておくべき現実 〜経験者が語る「驚かない力」の重要性〜

筆者がインドと最初に本格的なビジネスを始めたのは2012年。ロンドンで金融系のITソリューションを提供する中小企業を経営しており、当時の課題は「優秀なエンジニアを確保しながらコストを抑える」ことだった。そこで登場したのがバンガロールの開発会社。英語が通じ、理数系に強い人材が豊富、さらに賃金も抑えられるという“理想の外注先”のように見えた。

だが、現実はカタログ通りにはいかなかった。


時間にルーズ、それは「文化」なのか「戦略」なのか

初回のZoomミーティング。時刻はロンドン時間で朝9時、インド時間で午後1時30分の予定だった。しかし相手が現れたのは午後2時15分。「少し渋滞がありまして」と笑顔で画面に現れた技術責任者を、こちらは開いた口がふさがらないまま見つめていた。

これが偶発的な出来事なら良い。だが、その後もほぼ毎回「10分遅れ」が“デフォルト”となり、30分遅れでも特に詫びの言葉がない。「時間に正確な方が無礼」という感覚さえあるのではないかと感じるようになった。

後にデリーで別の経営者と会食した際、率直にこの疑問をぶつけてみた。すると返ってきたのはこんな言葉だった。

「イギリス人は“時間に間に合う”ことに価値を置く。でもインドでは“会うに値するか”の方が重要なんですよ。」

なるほど。時間ではなく、関係性が主導権を持つ文化なのだ。


投資には超慎重、「検討します」は8割がNO

次に感じたのは、意思決定の遅さと投資への慎重さだ。

新たな機能開発のため、我々が提案した共同出資モデルを先方に持ちかけたときのこと。ROI、スケジュール、契約条件…あらゆる要素を透明化して提示したが、返ってきたのは「興味はあります」「社内で検討してまた連絡します」の繰り返し。

結果として、4ヶ月経っても意思決定は出なかった。後日、元関係者からこっそり聞いた話では、「損する可能性が1%でもあるなら、上層部はハンコを押さない」とのことだった。

英国では「まずやってみて、ダメなら修正する」が文化だが、インドでは「完璧に読めるまでは動かない」が鉄則のようだ。市場が急変する環境ではそれも一つの正解だが、スピード重視の欧州勢とは戦略が根本的に異なる。


真実は一つじゃない? “柔軟な事実観”と向き合うスキル

とある案件で、納期に大きく遅延が出たにもかかわらず、現地担当者からは「すでに完了報告を出しました」との連絡が入った。実際の進捗を確認すると、7割程度の完成度。報告内容と実態が食い違っていた。

指摘すると「我々の定義では完成です」と返ってきた。この一件で理解したのは、インドにおける“事実”とは、交渉可能な領域であるということだ。悪意ではなく、むしろ関係性を守るための“方便”として使われる場面が多い。

我々が「虚偽報告」と感じることも、インド側からすると「相手を安心させるための配慮」だったりする。事実そのものよりも、“どう相手が受け取るか”が重要視される世界である。


【実例】航空事故でも「驚かない」イギリス人たち

最近、インド航空の機体が技術トラブルにより緊急着陸を余儀なくされたというニュースがあった。現地では大きな話題になったが、ロンドンのビジネス仲間たちの反応は実にドライだった。

「驚かないよ。どうせ『整備は万全でした、責任は部品メーカーにあります』で終わるさ。」

それが良い悪いではなく、「責任を個別に問うより、全体を包む」アプローチが取られるのがインド的なのだ。問題の本質はシステム全体にあるとする姿勢は、責任逃れとも取れるが、ある意味で集団社会の知恵とも言える。


結論:驚かず、焦らず、相手の文脈を理解せよ

インドとビジネスをする際、イギリス流の「時間厳守」「論理優先」「契約絶対」の三種の神器は、しばしば通用しない。だからといって相手を責めても何も変わらない。重要なのは、「違う」という事実を認め、それにどう対応するかだ。

インドと付き合うには、“驚かない力”と“信じすぎない賢さ”が必要だ。

それはリスクを減らすための警戒心ではなく、より良いパートナーシップを築くための現実的な視野である。英国人である私にとって、それは忍耐の訓練であり、同時に文化の幅を広げる貴重な機会でもあった。

異なる文化と付き合うことは、思ったより大変だが、思った以上に学びがある。今もインドのチームと仕事を続けているが、最近では15分遅れても、私はもう時計を見ない。

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