
はじめに:“紳士の国”のもうひとつの顔
電車で席を譲られる、ドアを開けてくれる、レストランでは自然なエスコート──そんな“レディファースト”の美徳を体現する国、イギリス。旅行者や移住者が「イギリスの男性って紳士的!」と口をそろえるのも無理はない。しかし──その華やかな文化の裏側で、見過ごせない矛盾が横たわっている。
実はイギリス、先進国の中でもドメスティックバイオレンス(DV)発生率が高い国の一つなのだ。
「女性を大切にする文化」と「女性が最も傷つけられている場所」が同居する現実──この不可解なギャップの正体は何なのか?そして“レディファースト”は、本当に女性を守っているのか?
この記事では、イギリスにおける“優しさ”の本質と、その社会構造的矛盾を掘り下げていく。
1. 「レディファースト」は本当にフェミニズムなのか?
“レディファースト”の起源は中世ヨーロッパの騎士道文化にさかのぼる。女性をエスコートし、守り、敬う─それ自体は悪いことではない。だが、その背景にある価値観はどうだろうか?
「女性は弱く、守られるべき存在」という暗黙の前提。それは、現代のジェンダー平等の理念とは、むしろ逆行するものかもしれない。
形式的なマナーが、無意識に性別役割を固定化し、「男性=強くて支配する側」「女性=受け身で従う側」という構図を再生産していないだろうか?
2. 数字が語る“見えない暴力”:イギリスのDV実態
2023年、イングランドとウェールズだけで約220万人がDV被害を経験。その約70%が女性である。
驚くべきはこの数字が「氷山の一角」であるということ。被害を申告しない、あるいは“被害だと気づかない”ケースははるかに多い。とくにパンデミック中のロックダウンでは、通報件数が急増し、家庭という密室が暴力の温床であることが改めて浮き彫りになった。
3. 「紳士的な社会」に潜む三つの矛盾
(1)レディファーストは“力の非対称”を隠すベール
「守る者」と「守られる者」──この構造自体が、力関係の非対称を前提としている。結果的にパートナー間に上下の意識が芽生え、対等な関係を築きにくくしている可能性がある。
つまり、レディファーストとは“優しい支配”の一形態なのだ。
(2)公共の仮面 vs. 家庭の素顔
職場や公共の場では紳士的に振る舞う男性が、家庭内ではまったく別の顔を見せる──そんな“二重構造”は珍しくない。イギリス社会には、パブリックイメージとプライベートの断絶を許容する空気がある。
「表ではジェントルマン、裏では加害者」──これが現実である。
(3)恥と沈黙の文化
DVは長年「家庭内の問題」「恥ずべきこと」として扱われ、通報されることすらなかった。特に中高所得層の女性たちは「社会的立場を守るため」に沈黙を選びやすい。
その沈黙が、加害者を“社会的に安全な存在”にしてしまっている。
4. 制度の変化と社会の揺れ動き
2021年に成立した「Domestic Abuse Act」により、心理的・経済的DVも正式に違法とされた。フェミニズム運動や#MeTooの影響で、ジェンダー平等の意識も少しずつ広がっている。
とはいえ、「法が変われば社会が変わる」ほど単純ではない。文化的な慣習、教育、メディア表現…構造的なアップデートは始まったばかりだ。
5. “優しさ”を再定義する時が来ている
イギリスに限らず、「レディファースト=女性尊重」と思い込んでいる国や人は多い。だが今、私たちが問うべきはこうだ。
“あなたの優しさは、誰かを対等に見ている優しさですか?”
ドアを開けてくれることより、怒りを暴力に変えない人間性の方が、はるかに“紳士的”ではないだろうか。
結論──“マナー”のその先へ
イギリスの「レディファースト」は、長年にわたって称賛されてきた。しかし今こそ、その背後にある構造や固定観念を見つめ直す必要がある。
「ドアを開ける」よりも、「声を聞く」
「席を譲る」よりも、「支配しない」
「守る」よりも、「対等でいる」
それが、本当の意味で女性を尊重する社会への一歩なのかもしれない。
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