「電気自動車に乗り換えれば、地球温暖化を抑えられる」。こうした説明を聞くと、ガソリン車こそが温暖化の最大の原因であるように感じるかもしれない。
しかし、世界の排出データを見ると、ガソリン車だけに注目していては問題の全体像をつかめない。最大の背景にあるのは、石炭・石油・天然ガスに依存する社会全体の仕組みだ。 自動車もその一部であり、発電、工業、建物、農業などにも大きな排出源がある。
では、何がどれだけ排出しているのか。そして、ガソリン車が最大の原因でないとすれば、電気自動車にはどの程度の意味があるのか。国際機関の統計と、車の製造・発電を含めた分析から検証した。
まず、科学的に確認されていることを押さえたい。IPCCは、1850~1900年と比べた2010~2019年の気温上昇について、人間活動による寄与の最良推定値を約1.07℃と評価した。同じ期間の太陽・火山など自然要因の寄与は、-0.1~+0.1℃の範囲とされる。近年の温暖化の主因が人間活動であるという評価と、どの対策が効果的かという政策上の議論は、分けて考える必要がある。ipcc.ch
また、「今、最も多く排出しているもの」と「これまでの温暖化を最も進めたもの」は、完全には一致しない。CO₂による気温上昇は、長年にわたる累積排出量と強く関係する。ある年の排出割合が27%だからといって、これまでの気温上昇の27%を引き起こしたと読むことはできない。ipcc.ch
UNEPの『Emissions Gap Report 2025』によると、2024年の世界の温室効果ガス排出量は約577億トンだった。これはCO₂に加え、メタン、一酸化二窒素、フッ素系ガスなどを、100年間の温暖化作用でCO₂相当に換算した数字である。同報告書の部門別内訳は次のとおりだ。
| 排出部門 | 世界全体に占める割合 |
|---|---|
| 発電 | 約27% |
| 輸送 | 約15% |
| 工業でのエネルギー使用 | 約11% |
| 農業 | 約11% |
| 燃料の生産 | 約10% |
| 工業プロセス | 約9% |
| 土地利用変化・林業 | 約8% |
| 建物などでのエネルギー使用 | 約6% |
| 廃棄物 | 約4% |
※2024年の年間排出量。割合は四捨五入されているため、合計は100%にならない。工業プロセスは、セメント製造などに伴う化学反応由来の排出などを指す。uncclearn.org
この分類で最大なのは発電で、輸送全体は約15%である。 しかも輸送には、乗用車だけでなく、トラック、バス、航空、船舶などが含まれる。ガソリン乗用車の走行時排出は、その一部分に当たる。
したがって、輸送全体の数字を「ガソリン車の排出割合」として紹介するのは不正確だ。同様に、ガソリン車とディーゼル車を含む統計を、ガソリン車だけの数字として扱うこともできない。
一方で、この表だけで自動車の環境負荷をすべて説明できるわけでもない。車を製造する工場や、燃料をつくる施設の排出は、輸送以外の部門に計上されるからだ。EVの充電に使う電力の排出も、基本的には発電側に入る。
排出をどこに割り振るかで、部門の順位は変わり得る。IPCCも、発電・熱供給の排出を、それを利用する工業や建物に振り分けた集計を示している。発電所の排出と、それを利用する製品の排出を比較するときには、同じ排出を二重に足さない注意が必要だ。ipcc.ch
根本の原因を排出ガスの種類から見ると、UNEPの2024年集計では、化石燃料の使用や工業プロセスに由来するCO₂が、温室効果ガス全体の約69%を占める。自動車だけに原因を求める説明では、この広がりを捉えられない。uncclearn.org
燃料別のCO₂排出では、石炭の存在が特に大きい。IEAの『World Energy Outlook 2025』は、石炭を最大のCO₂排出源と位置づけている。石炭は発電だけでなく、製鉄などにも使われる。車の燃料を変えることと、電気や工業製品のつくり方を変えることは、併せて進める必要がある。iea.blob.core.windows.net
CO₂以外にも目を向けたい。例えば、石油・天然ガスの設備や炭鉱から出るメタンだ。IEAは、人間活動に由来するメタン排出の約4割が、石油、天然ガス、石炭、バイオエネルギーを含むエネルギー部門から発生すると見積もる。排気管から出るCO₂だけを見ていると、燃料の供給段階にあるこうした排出を見落としてしまう。IEA
それでは、ガソリン車が最大の排出源でない以上、EVへの移行は効果が小さいのだろうか。
その判断には、車をつくってから使うまでを同じ条件で比べる必要がある。EVには電池製造の負荷があり、ガソリン車には燃料の採掘・精製・輸送と、走行中の燃焼に伴う負荷がある。EVの製造だけをガソリン車の走行だけと比べても、正しい比較にはならない。
IEAの『Global EV Outlook 2026』は、中型のバッテリー式EVについて、同程度のガソリン車より、生涯の温室効果ガス排出量が55%超少ないと推計している。前提は1日平均35km、15年間の使用で、発電による排出が各国の表明済み政策に沿って変化するシナリオである。将来の電源構成を含めた推計であり、すべての車の実測結果を示す数字ではない。iea.blob.core.windows.net
同分析では、電池製造によって増えた初期の排出は、一般に約2年間の使用で、走行時の排出削減によって相殺されるとされる。ただし、走行距離や車の大きさ、製造方法によって期間は変わる。iea.blob.core.windows.net
この比較から分かるのは、EVの製造時排出が大きいという事実だけでは、生涯の優劣は決まらないということだ。製造時に増える分と、その後に減らせる分を合計して評価する必要がある。
もちろん、充電用の電気を何でつくるかは重要だ。石炭への依存が高ければEVの削減効果は小さくなり、低炭素の電源が増えれば効果は大きくなる。ただしIEAの2026年分析では、石炭火力への依存が高い中国、インド、南アフリカでも、比較対象と同程度のEVはガソリン車より生涯排出量が少ないとされる。国の平均値を、特定の車種や充電条件にそのまま当てはめることはできない。iea.blob.core.windows.net
また、この結果は、新車のEVと新車のガソリン車を比較したものだ。「今ある車を使い続けるか、直ちに新しいEVへ買い替えるか」という判断では、新たな製造による排出、今後の走行距離、現在の車の燃費などを別途考える必要がある。
電池の材料をどう採掘・加工するか、再生材料をどれだけ使うかも改善の対象になる。IEAは、電池製造や鉱物処理の効率化、低炭素電力の利用、リサイクルなどを、電池に伴う排出を減らす手段として挙げている。EVの普及と、生産工程の改善は一体で考えるべきだ。IEA
ここで、英国と世界全体の事情にも違いがある。
英国運輸省の2024年確報では、国内輸送は英国の国内温室効果ガス排出量の約30%を占め、最大の部門だった。電力供給は約10%である。発電部門の排出が減ってきたことで、輸送の比重が相対的に大きくなった。
さらに、乗用車・タクシーは国内輸送の排出量の約53%を占める。この数字はディーゼル車なども含み、ガソリン車だけの割合ではない。また、英国の国内排出統計には、国際航空・国際海運の排出は含まれない。GOV.UK
このため、世界全体では発電が最大でも、英国で自動車対策の重要性が高くなることは、データ上両立する。ただし、英国の国内排出量と、海外での車・電池の製造まで含める生涯排出量は、集計範囲が異なる。国別の数字と世界全体の数字も、分けて読む必要がある。
排出データから考えると、必要な対策は幅広い。
- 発電のCO₂を減らし、送電網や蓄電設備を整える。
- 工場の省エネを進め、製鉄・セメントなどの製造工程を改善する。
- 石油・天然ガス設備や炭鉱からのメタン排出を減らす。
- 森林の減少を抑え、農業・廃棄物からの排出にも取り組む。
- EVへの移行に加え、公共交通や徒歩・自転車を利用しやすくする。
どの対策に資金を投じるかは、削減できる量に加え、費用、実現までの時間、地域の事情から判断する必要がある。排出量の順位だけで、政策の優先順位が自動的に決まるわけではない。
IEAの『Global Energy Review 2026』によると、2025年の世界のエネルギー関連CO₂排出量は、伸び率が鈍ったものの増加した。低炭素技術の普及が進んでも、社会全体の排出を減らすには、導入の速度とエネルギー需要の両方に取り組む必要がある。IEA
EVは、自動車が使うエネルギーと排出を減らす有力な手段である。その価値を正しく評価するには、製造と発電を含めて比較し、同時に、社会全体の化石燃料への依存をどこまで減らせるかを見なければならない。










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