
■ はじめに:人生最後の選択とは?
「自分が亡くなった後の財産、どうするか決めていますか?」
日本でも高齢化が進み、「終活」という言葉が一般化するなかで、遺産をどう扱うかという問題は、多くの人が避けては通れないテーマとなっています。
「子供や孫にしっかりと遺産を残してあげたい」と考える人もいれば、「自分の稼いだお金は自分のために使い切りたい」と思う人もいるでしょう。
これは文化、家族観、経済状況、さらには人生観にまで関わる非常にパーソナルな問題です。
さて、そんな「遺産を残すか、使い切るか」というテーマに関して、実はイギリスで興味深い傾向が見られます。
「保守的で家柄を重んじる」イメージのあるイギリスですが、意外にも「全財産を使い切って人生を全うする」という考え方が広がっているのです。
今回は、イギリス人の遺産観を中心に、「なぜ遺産を残さない選択をする人が増えているのか」「子供への“贈与”の意味は何か」などを掘り下げていきたいと思います。
■ 遺産を「残す派」と「使い切る派」
まずは、この2つの価値観を整理してみましょう。
● 遺産を残す派
- 子供や孫の将来を考えて、経済的な援助をしたい
- 自分の築いた財産を家族に継承したい
- 家族という“血縁的共同体”に対する責任感
- 「親が子を支える」のは自然なことという道徳観
● 遺産を使い切る派
- 自分の人生を満喫し、悔いなく終えたい
- 子供は自立すべきという信念
- 財産を残すことが子供の甘えや依存を助長する可能性
- 贈与税や相続税の回避(または無駄な負担をかけたくない)
日本ではどちらかというと“残す派”がまだ優勢な傾向にありますが、欧米、特にイギリスでは“使い切る派”が増えてきているのです。
■ イギリスで進む「スキン・イット・オール」文化
イギリスでは近年、“SKI(Spending the Kids’ Inheritance)”という略語が登場しました。
直訳すれば「子供の遺産を使い切る」という意味で、ある意味ユーモラスな、しかし本質を突いた言葉です。
これはつまり「自分のために財産を使い、人生を最大限楽しむべき」という考え方を象徴しています。
実際にイギリスの高齢者世代の中には、定年後に豪華クルーズ旅行をしたり、高額な趣味に投資する人が増えています。
年金生活でも、貯蓄を取り崩しながら「今を生きる」ことを選ぶ人が多いのです。
● なぜ“SKI”が支持されているのか?
- 子供の自立を重視する文化
イギリスでは、18歳で家を出るのが一般的です。子供は大学進学時に家を離れ、経済的にも自立を求められます。「大人になったら親からの支援なしで生きる」という考えが強く、遺産も「期待するもの」ではないのです。 - 個人主義と自己決定権
イギリス社会では、自分の人生をどう使うかは個人の自由であるべきという考えが主流です。死後のことよりも、“今”どう生きるかに価値を見出す傾向があります。 - 高い相続税
イギリスでは相続税(Inheritance Tax)が非常に高く、一定額を超えると40%の課税がなされます。そのため「どうせ税金で取られるくらいなら、自分で使い切ってしまおう」と考える人が増えています。
■ 日本との文化的違い
では、なぜ日本では“遺産を残す派”が多いのでしょうか。
● 家制度の名残
日本では長く「家」を重視する文化がありました。家を守り、次の世代に引き継ぐという意識が強く、家族単位での財産形成が当然視されてきたのです。
● 子供への“責任”の感覚
「親は子供に尽くすべき」「老後の不安を子供に負担させたくない」という価値観が根強くあります。また、「親の面倒を見てくれるなら、その代わりに遺産を」という交換的関係も暗黙のうちに存在します。
● 公的支援への不安
イギリスでは、NHS(国民保健サービス)をはじめ、福祉や年金制度がある程度整備されています。一方、日本では将来の年金や医療制度に対する不安が根強く、老後資金は自助努力が必要と考える人が多いのです。
■ 「お金の残し方」の新しい潮流
一方で、遺産を“全く残さない”のではなく、「どう残すか」に意識を向ける人もいます。
● 生前贈与という選択
遺産を死後に渡すのではなく、生前に少しずつ子供や孫に譲っていく方法です。日本でも非課税枠を活用した生前贈与が注目されています。これは子供たちのライフステージ(結婚、出産、住宅購入など)に合わせて、柔軟な支援ができるメリットがあります。
● 教育という“見えない遺産”
イギリスでは「遺産より教育が最大の投資」と考える親も多く、子供が小さい頃から私学に通わせ、進学支援を行う家庭も少なくありません。子供の教育費に多くを投じ、「あとは自分で生きていけ」というスタンスです。
● 寄付という選択肢
また、近年では遺産の一部または全部を慈善団体や大学などに寄付する人も増えています。イギリスでは法的に寄付に対する優遇措置があり、“社会貢献”としての遺産の使い道が評価されています。
■ 本当に必要なのは「意志表示」
「遺産を残すか、使い切るか」——これはどちらが正解という話ではありません。大切なのは、自分自身の意志をしっかり持ち、それを家族と共有することです。
イギリスでは「リビング・ウィル」や「遺言書」の作成が一般化しています。これは相続争いを避けるだけでなく、家族が“遺された後に困らない”ための思いやりでもあります。
■ おわりに:あなたならどうする?
あなたが今60代、70代なら。
あるいは、まだ30代、40代だとしても。
「自分が築いた財産を、どう使い切るか」
「自分が亡くなった後、家族に何を遺したいか」
これは人生の最終章をどう描くか、というテーマでもあります。
イギリスで広がる“SKI”の哲学は、自分の人生に主導権を持つという意味で、現代人にとって非常に示唆に富んだ考え方です。一方で、日本的な「家族の絆として遺産を残す」文化も、決して古いとは限りません。
最後に問います。
あなたが遺したいのは、現金ですか? それとも、生き様ですか?
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