1. ロンドンで「ホームレスになったであろう人」の規模感
1-1. 路上で寝ている人(rough sleepers)
ロンドンでは、行政や支援団体のネットワーク(CHAIN)が、路上で寝ている人を継続的に記録しています。
2024/25年(2024年4月〜2025年3月)には、13,231人が少なくとも一度は路上で寝ているところを確認されました。これは過去最高で、前年から10%増です。
このうち、初めて路上生活になった人は 8,396人で、前年より5%増えています。
「ホームレス=ダンボールで寝ている人」というイメージどおりの人たちだけでも、1年間で1.3万人以上がロンドンで路上に追い込まれているという規模です。
1-2. 一時的な宿(ホテル・B&B・ホステル)に押し込まれた人
もうひとつ重要なのが、「Temporary Accommodation(一時的宿泊施設)」です。
ロンドンでは、家を失った/失いかけている世帯を、自治体がB&Bやホステル、他地域の安いフラットなどに入れてしのいでいます。
2024年には、ロンドンで約70,000世帯が一時的住居に入れられていました。
2025年第2四半期には75,000世帯となり、統計開始以来最多です。
1世帯に子どもを含めて2〜3人以上がいることも多いので、「人の数」にすると10万人単位で「普通の家ではなく仮住まいに押し込まれている」と考えられます。
2. どうしてここまでホームレスが増えているのか
ロンドンでホームレスが増える理由は、ひとつの「事件」ではなく、**家賃・物価・賃金・福祉・移民政策など複数の要因が絡んだ“システムの結果”**です。
2-1. 家賃は上がる、給料はあまり上がらない
ロンドンの家賃は長年上昇を続けており、政治関係者や慈善団体も「利益のための住宅市場であり、人のための市場ではない」と指摘しています。
- 低賃金の仕事が多い
- 物価と光熱費も高騰
- 福祉(ベネフィット)はインフレに追いつかない
結果として、「フルタイムで働いているのに家賃が払えない」という人が増えています。
2-2. 賃貸住宅からの立ち退き(Section 21 “no-fault” eviction)
ロンドンのホームレスの大きな原因は、賃貸契約の終了や立ち退きです。
ロンドンでは、2024年に **理由不要の立ち退き(Section 21)**が 4,685件発生し、2018年以降で最多となりました。
イングランド全体では、2024年7月〜2025年6月の1年間で 11,400世帯がSection 21により強制退去させられています。
Section 21は **「家賃を払っていても大家の都合だけで追い出される」**しくみで、多くの団体がホームレスの主要原因として批判しています。
2-3. 住宅ローンよりも「賃貸の不安定さ」が問題
あなたが最初に関心を持っていた「住宅ローンを払えず家を失う」ケースは、実はロンドンでは統計上かなり減っています。
ロンドンの住宅ローン差押え(repossessions)は、2009年の3,604件から2019年には381件まで減り、その後も低水準のままです。
一方、「賃貸からの退去」は増えており、
**ホームレスの最大要因は「住宅ローンの破綻」よりも「不安定な賃貸と高すぎる家賃」**になっています。
2-4. 家族・友人宅からの追い出し、DV、精神的な問題
イングランド全体の統計では、ホームレス救済義務を負っている世帯が「最後の住まいを失った理由」として多いのは次のようなものです。
- 家族や友人がこれ以上住まわせてくれなくなった
- ドメスティック・バイオレンス(DV)
- プライベート賃貸契約の終了・立ち退き
- 精神疾患・依存症などによる生活破綻
ロンドンは家賃も差別も厳しく、特に黒人やマイノリティのロンドン市民は、白人に比べて4倍ホームレスになりやすいという構造的格差も指摘されています。
3. 彼らは「仕事を失った人」なのか?
「ホームレス=仕事を失った失業者」というイメージは一部当たっていますが、それだけではありません。
3-1. 働いていてもホームレスになる人たち
ロンドンのホームレスには、次のような人々が多く含まれています。
- フルタイム・パートタイムで働いているが、最低賃金に近く家賃が高すぎる
- ゼロ時間契約(シフト保証なしの不安定雇用)で毎月の収入が読めない
- デリバリーやライドシェアなどのギグワークで収入が不安定
つまり 「仕事がないからホームレス」ではなく、「仕事があっても家賃が払えないからホームレス」 というパターンが増えています。
3-2. もちろん、失業・健康問題で仕事を失う人も多い
同時に、
- 失業
- 長期病気や障害
- メンタルヘルスの悪化(うつ・PTSD・依存症など)
が原因で仕事を続けられず、ホームレスに至る人も少なくありません。
特にDVから逃げた人や、難民・移民などは、就労の権利や書類の問題で仕事を得られず、ホームレス状態になりやすいと報告されています。
4. ホームレスになった人の生活の実像
4-1. 「路上」だけがホームレスではない
ロンドンの支援団体では、「家のない人」を次のように分類しています。
- 路上生活(Rough sleeping)
橋の下、店の入口、駅の周りなどで寝る人。 - 一時的住居(Temporary accommodation)
B&B、ホステル、安ホテル、他の街のアパートなど。家族で一部屋に押し込まれることも。 - 「ソファサーフィン」やネットカフェ難民
友人の家のソファを転々とする/24時間営業施設で夜をしのぐなど、公式統計に入らない「隠れホームレス」。
「路上で寝ている人」は氷山の一角で、実際には住まいが不安定な人はその数倍いるとされています。
4-2. 仕事とホームレスの悪循環
ホームレスになると、仕事を続けることも新たに見つけることも難しくなります。
- 住所がない → 求人応募・銀行口座・書類の手続きで不利
- シャワーや洗濯ができない → 面接に行けない
- 睡眠不足や安全への不安 → メンタルが不安定になる
その結果、
「仕事を失ってホームレス」+「ホームレスになってからさらに仕事を失う/見つからない」
という二重の悪循環に陥る人が多くなります。
5. ロンドンのホームレス危機が意味していること
ロンドンは世界でも屈指の富裕都市である一方、ホームレスや一時的住居で暮らす人の数は過去最多です。
- 2024/25年:路上で寝る人は13,000人超(過去最多)
- 2025年:一時的住居にいるロンドンの世帯は75,000世帯(これも過去最多)
これは、「一部の人の自己責任」というより、
- 高すぎる家賃と不足する公営住宅
- 不安定で低賃金の仕事
- 福祉制度の縮小
- 差別やDV、移民政策の混乱
といった、社会全体の選択の積み重ねの結果といえます。
6. おわりに:数字の向こうにいる「普通の人たち」
ロンドンのホームレスの中には、
- 昨日まで普通に仕事をしていた人
- 家族と暮らしていたが家賃が上がり立ち退かされた人
- DVから逃げてきた母子
- 難民認定はされたが28日以内に仕事と家を見つけるよう求められた人
など、「ほんの少し条件が違っていたら、自分や友人だったかもしれない」人が大勢います。
ロンドンでホームレスになったであろう人の数は、
- 路上生活:年間 1.3万人以上
- 一時的住居:常時 7〜8万世帯(10万人規模)
という、決して無視できない規模です。
そして、その多くは
「働く意思も能力もあるのに、住宅システムのほうが彼らを拒んでいる」
とも言えます。










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