パレスチナ人を受け入れる国々の現状と課題 〜国際社会の対応とその限界〜

はじめに

2023年10月以降、ガザ地区でのイスラエルとハマスの衝突はかつてない規模で激化し、数万人の死傷者、そして百万人規模の国内避難民が生まれました。医療体制や水・電気などインフラも壊滅的打撃を受け、ガザ地区における人道的危機は国際社会に深刻な課題を突きつけています。

このような状況の中、多くのパレスチナ人が国外への脱出を余儀なくされ、一部の国が受け入れを表明しました。しかし、その対応には地域ごとの差が顕著であり、特にアラブ諸国の姿勢や欧米諸国の制度的制限は複雑な政治背景を反映しています。本稿では、各国の対応状況を整理し、背景にある政治的・社会的要因を読み解くとともに、国際社会におけるパレスチナ人受け入れの可能性と課題を探ります。


第1章:パレスチナ人の受け入れを表明・実施した国々

カナダ:人道と制度のバランスを模索

カナダは2024年10月時点で、ガザからのパレスチナ人に対する人道的支援の一環として、約4,245人のビザ申請を受け付け、そのうち334人がすでに到着しています。トルドー政権は一貫して難民政策に寛容な姿勢を示してきましたが、今回の対応は「人道的再定住プログラム」の延長線上にあると言えます。

ただし、受け入れ人数が限られていること、手続きが煩雑で時間を要する点などから、国内外で「対応の遅さ」が指摘されています。

スペイン、アメリカ、スコットランド:受け入れ検討中の立場

欧米諸国の中でも、スペイン、アメリカ、スコットランドはガザの状況を受け、難民受け入れの検討を進めています。スペインでは市民レベルでの支援が活発であり、自治州が独自に受け入れを申し出る動きもあります。

アメリカの場合、バイデン政権はパレスチナ人の支援を公的に表明しているものの、実際の受け入れには消極的な姿勢が見られます。移民問題に敏感な国内世論を考慮し、現実的な受け入れ枠の設計は難航しています。

インドネシア:イスラム連帯による一時受け入れ

イスラム教徒が多数を占めるインドネシアは、2025年4月にガザの負傷者や孤児を対象に、1,000人の一時的な受け入れを表明しました。これはインドネシアの国民感情や政府の外交姿勢を反映したもので、「恒久的移住」ではなく「一時避難」の性格が強い対応です。

オーストラリア:一部受け入れも永住は保証されず

オーストラリアは、2024年10月から2025年8月の間に2,922人のパレスチナ人にビザを発給しましたが、これらの多くは学生・観光などの短期滞在ビザであり、難民としての恒久的保護にはつながっていません。これにより、受け入れられた人々が合法的に滞在を続けることの困難さが問題視されています。

フランス:高い保護率を示すも、制度の枠外に不安定さも

フランスでは2024年初頭に190人のパレスチナ人が難民申請を行い、そのうち90%以上が何らかの形で保護を受けました。フランスの庇護制度は比較的寛容であり、難民条約を尊重する方針が反映されていますが、フランス国内の治安や社会統合への懸念が根強く、今後もこの水準を維持できるかは不透明です。


第2章:受け入れに消極的な国々の事情

エジプトとヨルダン:地政学的リスクへの警戒

パレスチナに隣接するエジプトとヨルダンは、表面的にはパレスチナ支持を掲げながらも、ガザからの難民受け入れには極めて消極的です。理由は「パレスチナ人の恒久的追放」というイスラエルの戦略を受け入れることになりかねないためで、国内の政治的安定を最優先する立場から、国境の封鎖すら辞さない構えを見せています。

両国は過去に多数のパレスチナ難民を受け入れた歴史を持ちますが、それが自国の社会構造や治安に深刻な影響を与えたことへの反省が根強くあります。

他のアラブ諸国:民族的連帯と国家主義のジレンマ

サウジアラビア、レバノン、クウェートなどのアラブ諸国もまた、原則としてパレスチナ人の大規模受け入れに消極的です。これは単に経済や治安の問題にとどまらず、「パレスチナ人に祖国を放棄させるべきではない」という政治的・宗教的信念によるものです。

中東諸国においては「一時的保護」の提供はあっても、「市民権付与」や「永住権の提供」は政治的にきわめて難しい判断とされています。


第3章:イギリスにおけるパレスチナ人の現状

人口と分布:存在はあるが「見えにくい」

イギリスにおけるパレスチナ人の人口は、統計上のばらつきが大きいものの、2014年で約5,000人、2017年には推計で6万人にまで増加したとする情報もあります。主にロンドン、マンチェスター、オックスフォードなどの都市に集中しており、医師・学者・技術者などとして英国社会に貢献している例も少なくありません。

しかし「パレスチナ人」としての国籍・市民権が国際的に明確に定義されていないため、彼らの実数や属性が把握されにくいという課題があります。

難民政策:他国との温度差

イギリスはこれまで、シリア難民(特に子どもや女性)やウクライナ避難民に対しては迅速な対応を見せてきました。しかしパレスチナ人に対しては、政治的配慮からか極めて慎重な姿勢を保っています。

2025年2月、ガザから逃れてきたある家族が一時滞在許可を得た際には、「制度の抜け穴を利用した」とする政治家の批判が報道され、パレスチナ人支援団体からは「二重基準だ」と非難の声が上がりました。

また、「コミュニティ・スポンサーシップ制度」も、主にシリア難民を対象とした制度であり、パレスチナ人への適用例はほとんど見られません。


第4章:国際社会の支援の実情と課題

国連機関の対応

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、数百万人におよぶパレスチナ難民の教育・医療・食糧支援を担ってきました。しかし、近年は主要ドナー国であるアメリカやカナダによる資金削減、またガザ紛争後のハマスとの関係をめぐる疑義によって、支援体制が大きく揺らいでいます。

こうした状況は、受け入れ国にとっての負担増加を意味し、難民政策の根幹を揺るがしています。

移民政策と政治的意図の交錯

欧米諸国では、移民政策がしばしば内政問題として扱われ、選挙戦や政党間の駆け引きに利用される傾向があります。そのため、「人道支援」としての受け入れが政争の具になり、実効的な制度整備が進みにくい状況です。


結論:国際的連帯の試練と今後の展望

パレスチナ人への支援と受け入れをめぐって、国際社会は今、真の連帯とは何かを問われています。表向きの支援表明とは裏腹に、受け入れの実態はごく限定的であり、制度的・政治的な壁が高く立ちはだかっています。

特にイギリスのような伝統的な難民庇護国でさえ、パレスチナ人に対しては慎重な姿勢を崩していません。このような状況を打開するには、単なる一時的受け入れではなく、「恒久的保護」や「市民権への道筋」といった根本的な制度の見直しが求められます。

また、パレスチナ国家の承認問題や、イスラエルとの複雑な関係も影を落とし、支援が政治問題化しやすい現実もあります。とはいえ、目の前で命を落とし、未来を閉ざされている数十万の人々に対して、国際社会が責任を果たすべき時期は、まさに今です。

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