
国際恋愛には、文化の違いという壁がつきものだ。言葉の違い、価値観の違い、そして何より食文化の違い。筆者は日本人で、現在イギリス人のパートナーと暮らしているのだが、この「食」の壁には何度となく頭を抱えさせられた。
イギリス人というのは不思議な人たちで、パブのフィッシュ・アンド・チップスや朝食のベイクドビーンズ、ブラックプディングといった独特な食文化を持っている一方で、実は本当に愛している料理はイタリアンなのではないかと思わせる瞬間が多々ある。中でも彼らの「スパゲティ愛」は特別だ。
イギリス人にとってスパゲティとは何か?
日本人にとっての味噌汁のように、イギリス人にとってのスパゲティは「安心できる味」なのだと感じる。特にミートソース(彼らは”Spaghetti Bolognese”と呼ぶ)への信頼感は絶大で、どんなに食にうるさいイギリス人でも「今日はスパゲティにしよう」と言われれば、ほとんどの場合ノールックで首を縦に振る。
その理由をイギリス人パートナーに聞いてみたところ、返ってきたのはこんな答えだった。
「子どものころから毎週のように食べてた。家族でテレビ見ながら食べるときもスパゲティだったし、大学時代の自炊の定番もスパゲティ。社会人になって疲れて帰ってきた日も、作るのはスパゲティ。」
つまりスパゲティは、彼らにとって“人生の共通項”なのだ。懐かしく、親しみやすく、でもちゃんと「食事をした」という満足感も得られる。
肉じゃがでは刺さらない理由
私がはじめてイギリス人パートナーに肉じゃがを振る舞った日のことをよく覚えている。こっちは「和食の定番」「ほっとする家庭料理」という意識で、どこかで「これを気に入ってくれたら、私たちはもっと深くつながれる」という淡い期待を抱いていた。
彼の反応はこうだった。
「うん、ヘルシーだね……ポテト……ああ、甘いのか……なるほど…… interesting(興味深い)だね。」
“interesting”という単語をネイティブが使うとき、それが本当に興味深いときではなく、「なんと言っていいか分からないけど肯定しておこう」という微妙なニュアンスを帯びていることが多い。まさにその空気だった。
問題は味の濃淡だけではない。イギリスでは「甘い=デザート」という固定観念が根強く、肉料理に甘みがあると、それだけでかなりのカルチャーショックになる。また、じゃがいもは彼らにとって付け合わせかマッシュポテトであって、「メインの具材」ではない。肉じゃがにおける「肉が添え物」的な構図が、どうにも落ち着かないらしい。
「和風パスタ」は落とし穴
「じゃあスパゲティが好きなら、和風パスタで日本の味を取り入れてみよう」と思うのが自然な発想だろう。たらこパスタ、しょうゆバター、きのこ&大葉など、日本では大人気の和風アレンジだ。
しかし、この発想がまさに落とし穴。
イギリス人にとって「スパゲティ」は、あくまでも「イタリアの食べ物」であり、その基本スタイル(トマトベース、クリームソース、ペストなど)から外れたアレンジに対してはとても保守的だ。しょうゆの香りや大葉の風味は、彼らにとってはまさに「理解不能な異世界の食べ物」なのである。
実際に、しょうゆとバターを使った和風パスタを作って出してみたところ、フォークを止めたまま「これは…スパゲティだよね?」と聞かれた。恐らく「スパゲティであってスパゲティではない」ことに、軽い混乱を覚えたのだろう。
イギリス人を本気で喜ばせるスパゲティの法則
では、イギリス人パートナーが「本気で」おいしいと言って食べるスパゲティとは、どんなものか。経験をもとに以下の3つのルールを導き出した。
1. 味はクラシックが命
ボロネーゼ、アラビアータ、カルボナーラ、ペスト。彼らが「おいしい」と感じるのは、いずれもオーソドックスなレシピに基づいたパスタだ。奇をてらう必要はない。むしろ「どこまでも王道を貫く」ことが高評価につながる。
特にミートソースは、日本の「ナポリタン的な甘さ」とは違い、赤ワインとハーブをしっかり使って煮込んだ濃厚なものが好まれる。
2. パスタはアルデンテ、でも柔らかくても怒らない
イギリス人は本来、アルデンテという概念にあまりこだわらない。しかし、うまく作って出せば「これは本場っぽい」と感動してくれることも多い。逆に、ちょっと茹で過ぎてもそこまで責められない。彼らはそこに対して寛容だ。
3. チーズは絶対に忘れずに
「チーズかける?」と聞くと、イギリス人は高確率で「Yes, please」と答える。しかも、けっこうな量を欲しがる。パルメザンチーズを常備しておくと、好感度が地味に上がるのでおすすめだ。
国際恋愛における「スパゲティ戦略」
国際恋愛において、「何を作るか」は相手の文化に対する理解を示す手段でもある。もちろん、いつかはお互いの国の料理をシェアし合える関係になるのが理想だ。しかしその第一歩として、「安心できる味」を出すことがとても大切なのだ。
スパゲティはその点で、まさに「最強の手料理」だ。イギリス人にとっては馴染み深く、日本人にとっても比較的作りやすい。自信を持って振る舞えるし、相手にも喜ばれる。まさにWin-Win。
しかも、ちょっとだけ凝ったレシピを採用すれば、「料理が得意なんだね」と評価も上がる。愛情も伝わりやすい。
最後に:スパゲティは愛の媒介物
「料理で心をつかむ」なんて言うと少し大げさに聞こえるかもしれない。でも、実際にイギリス人のパートナーがスパゲティを食べて笑顔になるのを見ると、「これが文化を超えた共感なんだな」と実感する。
肉じゃがが悪いわけではない。和風パスタも悪気があるわけではない。ただ、それらは「第2ステージ」で登場させるべきなのだ。まずは信頼を得る。そのための最初の一皿として、スパゲティはあまりにも優秀だ。
だから、イギリス人パートナーに「手料理が食べたい」と言われたら、迷わずこう答えよう。
「今夜はスパゲティにしようか」
それだけで、二人の距離はきっともう一歩近づくはずだ。
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