障害児を持つ家族がイギリスから国外へ移住する理由とは何か

イギリスを離れるか悩む障害児の家族を描いたイラスト。EHCP書類や満員の特別支援学校の看板、飛び立つ飛行機とロンドンの街並みが背景にある。

近年、障害のある子どもを育てる家族の中に、英国を離れて他国へ移住するケースがあると報じられています。
制度面では整備が進んでいると評価されることも多い一方で、なぜ「出ていく」という選択をする家族がいるのでしょうか。

本稿では、その背景にある構造的な課題を整理します。


1.制度はあるが、実際には「争わなければ得られない支援」

イギリスには、障害のある子どもを支援するための法制度が存在します。教育・医療・福祉を横断する支援計画(EHCP)制度などは、権利保障という点では先進的です。

しかし現実には、

  • 申請の審査が長期化
  • 支援内容が十分でない
  • 地方自治体が予算不足で消極的
  • 親が不服申し立て(Tribunal)を起こさなければならない

といった状況が起きています。

多くの家族が語るのは、「制度はあるが、実際には闘わなければ使えない」という疲弊感です。


2.特別支援学校の慢性的な不足

特別支援学校(Special School)の定員不足は長年の課題です。

  • 重度・複雑なニーズ向けの枠が不足
  • 地域によっては数十キロ離れた学校しか選択肢がない
  • 通学に1日数時間かかるケースもある

結果として、子どもが適切な環境に通えない、あるいは家庭の生活が大きく制限される事態が生じています。


3.公立学校のキャパシティ限界

通常学級でのインクルーシブ教育は理念としては推進されていますが、

  • 支援員不足
  • 教員の専門研修不足
  • クラス人数の多さ
  • メンタルヘルス支援の不足

などから、学校側が「事実上対応困難」となるケースもあります。

保護者からは、

「子どもが学校で孤立した」
「登校拒否になった」
「退学を勧められた」

といった声も聞かれます。


4.医療・診断までの長い待機期間

英国の公的医療制度であるNHSでは、診断や療育へのアクセスに長い待機期間が発生しています。

特に、

  • 自閉スペクトラム症(ASD)
  • ADHD
  • 発達障害関連の評価

では、数年待ちになる地域もあります。

早期支援が重要であるにもかかわらず、診断が遅れることで教育支援の開始も遅れる――この悪循環が、家族の将来設計に大きな不安を与えています。


5.地方自治体間の「郵便番号格差」

イギリスでは、支援内容が地方自治体(Local Authority)ごとに大きく異なります。

  • ある地域では十分な支援が受けられる
  • 別の地域では同じ診断でもほとんど支援がない

いわゆる「ポストコード・ロッタリー(郵便番号くじ)」問題です。

支援を求めて国内移住をする家族も少なくありませんが、それでも限界があり、最終的に国外移住を決断する例もあります。


6.精神的・経済的な消耗

障害児を育てること自体の負担に加え、

  • 制度との交渉
  • 書類作成
  • 法的手続き
  • 学校との対立
  • 収入減少

が重なると、家族の精神的消耗は非常に大きくなります。

「よりシンプルな制度の国へ移りたい」
「子どもが安心して通える学校が確実にある国へ」

そうした理由で、カナダやオーストラリア、北欧諸国などへの移住を検討する家庭もあります。


7.それでも「後進国」とは言い切れない理由

重要なのは、英国が制度的に障害児を排除している国ではない、という点です。

  • 法制度は存在する
  • 差別は禁止されている
  • 権利として支援を請求できる

問題は、「需要の急増」と「財政的制約」に制度運用が追いついていないことです。

つまり、

理念は先進的
現場は逼迫している

というギャップが、家族の離脱を生んでいると考えられます。


結論

障害児を持つ家族が英国を離れる背景には、

  • 支援取得の困難さ
  • 学校不足
  • 医療待機の長さ
  • 地域格差
  • 精神的・経済的負担

といった複合的要因があります。

それは「制度がない」からではなく、「制度が十分に機能していないと感じられる瞬間」があるからです。

家族が国外移住を決断するのは、制度批判というよりも、子どもの安定と将来への安心を求める選択である場合が多いのです。

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