
はじめに:揺れる欧州、比較的安定するイギリス
近年、世界的なインフレ、エネルギー価格の高騰、パンデミック後の景気停滞といった要因が複雑に絡み合い、ヨーロッパ全体の経済は一様に厳しい局面に立たされている。とはいえ、その中でも比較的「持ちこたえている」とされる国のひとつが、イギリスである。
失業率は4%台で推移し、多くの業界では慢性的な人手不足が続いている。これはブレグジット(EU離脱)によって、従来EU諸国から自由に移住・就労できた労働力の供給が断たれたことが大きく影響している。今、イギリスは自国民の労働力だけでは支えきれない「空白」を抱えており、その穴を埋めるべく世界中から労働力を求めているのだ。
ブレグジット後の大きな変化:EU市民が「外国人」になった
かつてはポーランド、ルーマニア、ブルガリア、リトアニアなど、比較的経済的に不安定な東欧諸国から多くの人々がイギリスへと移住し、建設業、清掃業、介護、農業、飲食などの分野で重要な労働力となっていた。
しかし2021年1月1日以降、イギリスは正式にEUを離脱し、移民政策が一変した。EU市民であっても、就労のためには他の「第三国」出身者と同様、ビザを取得する必要がある。つまり、「ヨーロッパから来る=簡単に働ける」という時代は過去のものとなった。
この変化により、EU諸国からの労働者は激減し、イギリスの労働市場は新たな方向へと舵を切る必要に迫られたのである。
いま、イギリスに働きに来る人たちはどこから来ているのか?
1. インド、パキスタン、バングラデシュなどの南アジア諸国
もともとイギリスと歴史的なつながりが深い南アジア諸国からの労働者は、今でも多い。特に医療、介護、IT、運輸といった分野では、彼らの存在なしに業務が成り立たない現場が多数ある。
医師や看護師としてNHS(国民保健サービス)で働くインド人・パキスタン人は多く、現地の英国人患者からも信頼を得ている。
2. ナイジェリア、ガーナなどの西アフリカ諸国
英語が公用語であるこれらの国々の人々は、語学の壁が比較的低く、労働ビザを取得しやすい傾向にある。介護や運送業、清掃業などの現場で活躍しており、近年増加傾向にある。
3. フィリピン、ネパール、スリランカなどのアジア諸国
とりわけフィリピン人労働者は、介護士や看護師、家事代行、ホテル清掃などの職種で非常に高い評価を受けている。イギリス人の間でも「フィリピン人=献身的で仕事が丁寧」という印象が広がっており、ビザ発給も比較的スムーズだ。
ネパール人はイギリス軍の「グルカ兵」の伝統からもわかる通り、現地にルーツを持つ人々が多く、ネットワークを活用して新たな労働者を呼び込む構造がある。
どんな仕事ならビザが取りやすいのか?
ブレグジット後のイギリスでは、**ポイント制移民制度(PBS: Points-Based System)**が導入されており、就労ビザ(Skilled Worker Visa)の発給は職種・給与・英語能力・スポンサー企業の有無によって決まる。
以下は、2025年現在でも「ビザが取りやすい」とされている職種である:
1. 介護職(Care Worker)
2022年より、介護士が「Shortage Occupation List(人手不足職リスト)」に追加され、最低給与要件も引き下げられた。今では年間2万人以上の介護士が海外から招聘されている。
ポイント:
- 年収21,000ポンド程度でもOK
- 英語力は中級(IELTS 4.0程度)
- スポンサー企業が多く、就職後のサポートも厚い
2. 看護師・医師(Nurse, Doctor)
イギリスのNHSは常に人手不足。海外資格の承認手続きはあるが、国家試験などに合格すれば即就労可能となる。
ポイント:
- 給与も比較的高い(年収28,000ポンド〜)
- ビザ発給率も非常に高い
- 家族も帯同しやすい
3. ITエンジニア、ソフトウェア開発者(Software Developer)
テック系職種は依然として高需要。特にAI、クラウド、サイバーセキュリティ分野の技術者は即戦力として歓迎される。
ポイント:
- 給与水準が高く、ビザ発給もスムーズ
- 一部リモート勤務可能
- 語学力が重視されるが、実力次第で突破可能
4. 農業労働者(Seasonal Worker)
一時的なビザ(6ヶ月程度)での就労が可能。特に果物・野菜の収穫期には大量の人手が必要とされる。
ポイント:
- 学歴・資格不要
- 英語力もほぼ不要
- ただし労働環境は厳しく、賃金も低め
5. トラック運転手(HGV Driver)
物流業界の人手不足は深刻で、EU離脱後にさらに加速。HGVライセンス(大型免許)を取得すれば、比較的早くビザが取れる。
ポイント:
- 年収30,000ポンド以上も可能
- 英語力は運転と安全確認に必要なレベルでOK
- 就職先の支援あり
移民政策の本音と建前
イギリス政府は「高技能労働者を優先して受け入れる」という方針を掲げているが、実際の現場では「低賃金で働ける外国人労働者」が不可欠である。特に介護・清掃・建設・物流などの分野では、地元イギリス人が敬遠するため、外国人労働者への依存度は非常に高い。
このように、表向きの政策と現場のニーズとのギャップは大きく、今後も「柔軟な運用」が続くと見られる。
イギリスで働くという選択肢:その現実
イギリスに働きに行くことは、以前ほど「簡単」ではなくなった。ビザの要件、語学、就職先の確保、生活費の高さなど、乗り越えるべきハードルは少なくない。しかし、裏を返せば「これらをクリアできれば確実に需要がある」ということでもある。
特に介護職や医療従事者として働く場合、現地の福祉制度や労働環境の中で、安定したキャリアと生活を築くことも可能だ。
おわりに:多様性の中にチャンスを見出す
イギリスはこれまでも、そしてこれからも「多文化社会」として進んでいく国である。ブレグジットという転機を経て、今までのような「安くて便利な外国人労働者」の時代は終わったものの、スキルと意志を持つ人にはむしろ以前よりも明確なチャンスが与えられているとも言える。
現地に渡るにはしっかりとした準備が必要だが、それに見合う報酬と経験が得られる可能性は今も十分に存在しているのだ。
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