「人手が足りないから、海外から働く人を受け入れる必要がある」
イギリスをはじめ、多くの先進国が移民政策を説明する際に使ってきた理屈である。しかし、AIが人間の仕事の一部を担い、一人でこなせる仕事量が増えるなら、この説明の前提も変わってくる。
これまで十人必要だった仕事を、AIを使う七人で処理できるようになれば、企業は同じ人数を採用する必要がなくなる。これは仮の例だが、外国から労働力を補う必要性にも直結する変化だ。
AIの台頭は、「移民を何人受け入れるか」という議論を、「これから本当に何人の働き手が必要なのか」という議論へ変えていく。
人を増やして経済を回す仕組みが変わる
人口や働く人が増えれば、生産や消費が増え、経済全体を大きくする力になる。一方、国民一人ひとりの生活を豊かにするには、一人当たりの生産性や、住宅、公共サービスなども考える必要がある。
AIが変える可能性を持つのは、この「一人当たりに生み出せる価値」だ。
英国中央銀行が2026年7月に公表した企業への聞き取りでは、ソフトウェア開発、金融・事務、顧客対応などでAIによる効率化が報告されている。AIを有効に導入した企業では、雇用を同じ割合で増やさずに生産を拡大し、場合によっては必要な人員を減らせるという。the UK’s central bank
こうした変化が広がれば、企業の成長と採用人数の増加は、これまで以上に切り離される可能性がある。
事業を拡大するたびに海外から人を採用する必要があった企業も、既存の従業員とAIで対応できるようになるかもしれない。労働力の確保を目的とした移民受け入れには、従来とは違う判断が求められる。
AIの影響は、大学を出た人の仕事にも及ぶ
AIによる変化は、単純作業だけに限られない。資料の要約、文書の下書き、基本的な調査や分析など、大学卒業後の若手社員が経験を積むために担当してきた仕事にも及ぶ。
英国中央銀行の同じ報告では、一部の専門サービス企業が新卒採用を減らし、事務職や若手社員への需要を縮小させていることも紹介されている。the UK’s central bank
国際労働機関(ILO)とNASKの2025年の研究では、世界の雇用のおよそ4分の1、高所得国では約34%が、生成AIによる影響を受け得る職業に属すると推計された。ただし、これは同じ割合の仕事が消えるという意味ではない。ILOは、人間の関与が引き続き必要なため、多くの場合は仕事内容の変化が中心になるとしている。International Labour Organization
採用が減る分野と、新しい技能を持つ人材が必要になる分野。その両方が生まれるなら、「人手不足」という言葉だけで労働市場全体を説明することは難しくなる。
国内の雇用が変われば、移民政策への説明も変わる
国内の若者が就職しにくくなり、事務職から別の仕事へ移る人が増えたとき、政府は海外からの採用が必要な理由を、職種ごとに具体的に説明する必要がある。
どこに、どのような技能が、どれだけ足りないのか。国内で人を育てるには何年かかるのか。賃金や労働条件を改善すれば採用できるのか。AIで減らせる業務はどこにあるのか。
そうした検証を経て、将来の受け入れ規模を判断することになる。
イギリス政府は2025年の移民白書に関連する発表で、国内人材の訓練や採用を強化し、海外労働力への依存を減らす方針を示した。人手不足への対応を国内の技能育成と結び付ける方向は、すでに政策として打ち出されている。GOV.UK
AIの普及は、その方針を進める手段になり得る。ただし、導入するだけで成果が出るわけではない。従業員への教育、業務の組み替え、出力の確認などに取り組んで初めて、実際の生産性向上につながる。
介護や建設の人手不足は、同じ速さでは解消しない
ここで見落とせないのが、パソコンの中で完結する仕事と、現場で人の身体や建物に向き合う仕事の違いだ。
文書作成をAIに任せられても、高齢者の入浴介助や、古い住宅の複雑な配管修理まで、同じ仕組みで代替できるわけではない。AIによる情報処理と、ロボットが現場で安全に作業する能力には違いがある。
英国中央銀行も、身体的な技能や対人対応を必要とする作業は、自動化が難しい可能性を指摘している。the UK’s central bank
Skills for Careが2026年6月に公表したデータでは、イングランドの成人向け社会的ケア分野には、2025/26年度に約9万6,000件の欠員があり、欠員率は6.2%だった。改善は進んでいるものの、人材確保の課題は続いている。skillsforcare.org.uk
事務職の採用が減る一方で、介護や建設では人が足りない。こうした状態は十分に起こり得る。職種を移るには、訓練、資格、勤務地、賃金などの条件も整えなければならない。
AIによって新たな外国人労働者の採用を減らせる分野と、引き続き海外人材を必要とする分野は、並行して存在するだろう。
「移民がいらなくなる」は、まだ実現した事実ではない
AIの影響を考える際には、将来の可能性と現在の実績を分けて見る必要がある。
英国中央銀行の解説によれば、同行の調査では約9割の企業が、これまでのところAIによる雇用人数への目立った影響はないと回答している。また、英国の求人減少についても、AIが主な原因だと示す証拠は限られている。the UK’s central bank
AIは既存の仕事を効率化すると同時に、新しい商品やサービス、企業を生む可能性もある。その結果として、人への需要が再び増える分野も考えられる。
したがって、現時点で「イギリスはAIがあるから移民を必要としない」と断定することはできない。今起きているのは、将来必要になる人材の人数と技能を、改めて見直すべき変化である。
少ない人数でも豊かに暮らせる社会をつくれるか
AIが普及しても、利益が一部の企業に集中し、働く人の所得が減れば、国民の暮らしが自動的に豊かになるわけではない。
生産性の向上を賃金や公共サービスにどう結び付けるか。仕事が変わる人の再訓練をどう支えるか。高齢化で必要になる介護や医療の担い手をどう確保するか。政府には、これらを一緒に考える政策が求められる。
また、家族と暮らすための移住や難民保護には、労働力の補充とは別の理由がある。すでに社会の一員として暮らしている人々の権利も、将来の採用需要とは分けて考える必要がある。
それでも、AIが労働力不足を補えるようになれば、イギリスなどが新たな移民を受け入れる経済的な必要性は、一部の分野で小さくなり得る。
「人が足りないから海外から呼ぶ」という政策は、これから、技術への投資や国内人材の育成と、より厳密に比較されることになる。
AIの台頭が突き付けているのは、人を増やし続けることを前提とした経済から、少ない人数でも豊かに暮らせる経済へ転換できるのか、という問いである。










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