2024年11月のトランプ氏の再選、そして2025年1月の大統領復帰を受け、アメリカを離れてイギリスで暮らすという選択が注目されている。そこには、政治への失望、家族の権利への不安、仕事や生活環境を変えたいという思いが重なっている。The Standard
長く暮らした国を離れるには、仕事、住まい、友人関係を含め、生活そのものを組み直す必要がある。それでも移住を選んだ人たちは、アメリカの何に不安を感じ、イギリスの何に可能性を見いだしたのだろうか。
その動きを示す一つの数字が、英国籍の申請件数だ。英内務省の統計によると、2025年にアメリカ国籍者が行った英国籍の申請は8,790件。2024年の6,192件から約42%増え、過去最多となった。British Chamber Of Commerce Singapore
ただし、これは2025年に新たにイギリスへ移住した人数ではない。以前から英国に住み、国籍取得を申請した人も含まれる。また、統計だけでは申請者の動機は分からない。「8,790人がトランプ氏を嫌って移住した」と読み替えることはできない。GOV.UK
トランプ氏の再選と自身の決断を明確に結びつけたのが、人気司会者のエレン・デジェネレス氏だ。妻のポーシャ・デ・ロッシ氏と2024年の大統領選前日に英国へ到着し、選挙結果を知って英国に残ると決めた。2025年7月の公の場では、再選が移住の決断に影響したと認め、同性婚の権利が将来脅かされることへの不安も語った。Them
こうした不安は、移住を扱う専門家のもとにも届いている。法律事務所キングスリー・ナプリーは2025年、LGBTQ+の家族や子どものいる家庭などからの相談が増えたと報告。顧客とのやり取りでは、市民の権利や法の支配、経済の不安定さなどへの懸念が、海外生活を考える動機として挙がっているという。kingsleynapley.co.uk
自分の結婚や家族のあり方が、政治の争点になる。その状況を身近に感じる人にとって、政権交代は生活の将来を左右する出来事になる。権利が実際に失われる前に、別の場所で暮らす準備をしようと考えることもあるだろう。
一方、移住の理由は一人ひとり異なる。アマゾンで働くカサンドラ・ガンザック氏は、2025年5月にシアトルからロンドンへ移った。英紙『The Standard』の取材では、選挙翌日に職場で涙を流す同僚を見たことや、政権の政策が人々の暮らしに及ぼす影響への不安を語っている。ただ、本人はトランプ氏を移住の主な理由とはしていない。それでも、できるだけ長く英国にいたいという意向を示した。The Standard
ここには、移住のきっかけと、母国へ戻りたいと思うかどうかが、必ずしも同じ理由で決まらないことが表れている。仕事や個人的な事情で海外へ出た後、母国の政治や社会の変化を見て、新しい土地に生活の基盤を置こうとする人もいる。
以前からの移住者が、英国に住み続ける意思を強めた例もある。写真家のウェンディ・ニューマン氏は、政治的な分断への懸念などから、2022年に夫とロンドンへ移った。ロイターの2025年の取材では、女性の権利への不安を示し、アメリカに残る娘にも英国へ来てほしいと話している。同社の取材では、銃による暴力への不安も、以前からアメリカ人が海外生活を考える理由として挙げられている。Reuters
子どもをどこで育てるか、自分や家族の権利をどこで守れると感じるか。移住者の証言を読むと、住む国を選ぶ判断には、収入や仕事の条件とともに、安心して将来を描けるかどうかが深く関わっていることが分かる。
では、なぜ移住先にイギリスを選ぶのか。大きな理由の一つが、英語で暮らせることだ。キングスリー・ナプリーは、言語や文化への親しみ、教育環境、ロンドンの金融・ビジネス拠点としての役割などを、アメリカ人にとっての英国の魅力として挙げている。仕事や家族とのつながりを通じて、移住を具体化できる人もいる。kingsleynapley.co.uk
医療制度の違いを評価する声もある。ガンザック氏は、複雑な医療保険の手続きが必要だった米国と比べ、NHSの仕組みを分かりやすいと受け止めている。The Standard
もちろん、移住の実現には現実的な条件が伴う。就労や家族関係などに応じた適切な在留資格が必要になり、多くの長期滞在ビザでは申請時に医療付加料もかかる。海外へ移りたいという思いを実際の選択にできるかどうかは、仕事、家族、資金といった条件にも左右される。GOV.UK
今回取り上げた人たちの証言から見えてくるのは、自分や家族の将来を、どこなら安心して築けるのかという問いだ。トランプ氏の復帰は、ある人には移住を決断するきっかけとなり、ある人にはアメリカへ戻ることをためらわせる理由となった。
母国への愛着があっても、その国で暮らし続ける選択が揺らぐことはある。アメリカからイギリスへ移った人たちの姿は、国の豊かさに加えて、その社会の未来を信頼できるかどうかが、人を引きとめる大切な条件であることを示している。










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