数字が語る「不平等」──英国刑務所における人種バランスのゆがみと構造的バイアス

英国の刑務所制度は、単なる治安維持の装置ではなく、社会構造のゆがみを映し出す「鏡」でもある。その鏡に映るのは、法の下の平等が揺らぐ現実だ。

2024年3月現在、イングランドおよびウェールズの刑務所には約87,900人が収監されている。人口10万人あたりでは134人。これは、スコットランド(136人)、北アイルランド(88人)と比較して中程度だが、重要なのは「誰が」収監されているかという点である。

■ 見えてくる「人種の偏り」

収監者の人種別構成を見てみると、白人が約72%を占める一方、黒人は11.9%、アジア系が7.9%、混合人種が4.7%と続く。これは一見、自然な人口分布の反映のようにも思えるかもしれない。だが、全体人口における人種構成と照らし合わせるとそのバランスは崩れる。英・ウェールズにおける黒人の人口割合は約4%に過ぎない。それが収監者においては11.9%。比率にしておよそ3倍。明らかに「過剰代表」だ。

少数民族全体では、人口の18%を占めるにとどまるが、刑務所では約27%を構成している。これは、「犯罪を犯しやすい人種」などという短絡的な議論で片づけられるものではない。むしろ制度的なバイアス、つまり「司法制度における人種的不公平」が濃厚に関与している証左だ。

■ 犯罪率から見える矛盾

では、黒人や他の少数民族が、実際に白人よりも犯罪率が高いのだろうか?

犯罪被害の統計を見る限り、それは事実ではない。2022/23年の英国犯罪被害者調査(CSEW)によれば、個人犯罪の被害率は白人が2.6%、黒人が1.8%。犯罪を「される側」においてすら、黒人の方が低いのだ。

若年層の暴力犯罪や殺人事件において黒人の被害者比率が高いことは報告されているが、それは加害性ではなく「被害の受けやすさ」を物語っているにすぎない。

つまり、黒人や他の少数民族が過剰に刑務所に収監される構造は、犯罪行為そのものよりも、「犯罪の処理過程」に起因する可能性が高い。

■ 司法プロセスに潜むバイアス

問題の核心は、逮捕から起訴、そして収監に至るまでの過程にある。

2017年に発表された「Lammyレビュー」によると、黒人は白人の9倍もの頻度で「stop-and-search(職務質問)」を受けており、さらにドラッグ関連の犯罪で白人よりも3倍以上の確率で実刑判決を受けている。

この「入口の差」と「出口の差」が、制度的に累積し、不公平を生むのだ。特に若年黒人男性は、「共同謀議(Joint Enterprise)」の法理のもと、本人が直接的に加害行為をしていなくても、グループの一員であるがゆえに重罰を科される事例が多い。実質的に、彼らが“居合わせただけ”で処罰されているケースも少なくない。

司法制度の本来の役割は「中立」であるはずだが、その実態は「偏ったレンズ」で人を見ているとも言える。

■ 社会的損失としての「過剰収監」

このような構造的不均衡は、個人の人生だけでなく、社会全体にも大きな負担を与える。過剰収監は更生の機会を奪い、家庭や地域コミュニティの分断を招く。特に若年層の黒人男性が社会から早期に排除されることで、教育機会の喪失や就労の難化といった“負の連鎖”が生じる。

さらに、制度的不公正が広く認識されることは、司法制度そのものへの信頼を損ない、社会の分断を深めることにもつながる。

■ 解決への道筋はあるのか?

では、何を変えるべきか。いくつかの政策的アプローチが考えられる。

  • stop-and-searchの透明性向上とモニタリングの強化
     職務質問の根拠と実施状況を詳細に記録・開示し、恣意的運用を防ぐ。
  • 量刑基準の標準化
     特にドラッグ犯罪など、実刑化に偏りがある分野においては、人種に関わらず公平な量刑基準を設定する。
  • 代替処遇の拡充
     軽微な犯罪や初犯、若年層に対しては、収監よりも社会復帰支援プログラムや教育的処遇を優先する。
  • 司法手続きへの市民参加の拡大
     地域住民や当事者コミュニティによる監視・意見反映の仕組みを強化することで、公正性を担保する。

■ 終わりに──「平等」という言葉の重み

英国の司法制度は、多くの国から「成熟した民主主義のモデル」として見られている。しかし、実態は必ずしも理想通りとは言えない。収監者データは無機質な数字のようでいて、その背後には制度によって人生を大きく左右された一人ひとりがいる。

「平等」は単なるスローガンではない。それは、データと制度に裏打ちされて初めて機能するものだ。人種によって司法の扱いが変わるという現実に直面したとき、私たちはその制度を問い直す勇気を持たねばならない。

司法制度が誰にとっても「公平」であるとは、どういう状態か──。その問いに答えることが、いま社会に求められている。

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