
はじめに
2020年代後半に入り、国際情勢はかつてないほど緊迫化している。ロシアによるウクライナ侵攻(2022年以降)は、ヨーロッパ全体の安全保障に対する認識を大きく揺さぶり、多くの国々が長年維持してきた「戦後秩序」の再構築を迫られることとなった。このような背景の中、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国は、相次いで防衛費の大幅な増額を決定している。
本記事では、イギリスおよびヨーロッパ諸国における防衛費の増額の背景、具体的な動向を整理するとともに、それが第三次世界大戦に発展する可能性について、歴史的・地政学的な観点から検証していく。
イギリスの防衛費増額の背景
歴史的背景
イギリスはNATO創設以来、常に西側諸国の中心的な軍事的存在であった。しかし、2008年のリーマン・ショックやその後の緊縮財政の影響により、2010年代には防衛費の削減が続いた。だが、ロシアの侵攻、中国の軍拡、中東情勢の不安定化などを背景に、2020年代に入って再び防衛費を見直す機運が高まった。
近年の動向
2024年、イギリス政府は防衛費をGDPの2.5%まで引き上げる方針を発表し、2025年にはそれをさらに3%に近づけるという声明を出した。これにより、イギリスの年間防衛予算は700億ポンドを超える規模となる見通しであり、冷戦期以来の高水準である。
防衛費の増加は、戦闘機「テンペスト」の開発、宇宙防衛能力の拡充、AIと無人兵器の導入、核兵器更新計画など、多岐にわたる分野に使われている。イギリスはまた、ポーランド、バルト三国、スウェーデンとの軍事協力を強化し、NATO内での主導的地位を維持しようとしている。
ヨーロッパ諸国における防衛費の増額
ドイツの大転換
ドイツは長年、戦後憲法の影響もあり、軍事力の行使に慎重だった。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、2022年に「ツァイトヴェンデ(時代の転換)」と呼ばれる歴史的演説を行い、連邦軍に対する1000億ユーロの特別予算を設定した。
2025年時点で、ドイツはGDP比2%の防衛支出を達成しており、これはNATO基準を初めて満たす動きである。さらに、自国の軍備だけでなく、ウクライナへの兵器供与や東欧への部隊展開も積極的に行っている。
フランスの軍事戦略
フランスは伝統的に独自の核戦力と軍産複合体を有しており、地中海・アフリカ地域における影響力を保持してきた。マクロン政権は宇宙軍設立やサイバー防衛強化に加え、2024年に総額4130億ユーロの7カ年軍事予算計画を発表し、今後10年間で主要装備の大幅な更新を行うとしている。
北欧・東欧の警戒感
バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)およびポーランド、フィンランド、スウェーデンは、ロシアの脅威に最も敏感に反応している。特にポーランドは、陸軍戦力をEU最大規模にまで拡張しており、2025年にはF-35の配備も開始する。
北欧諸国は、NATO加盟(特にフィンランド・スウェーデンの新規加盟)を通じて、域内防衛の枠組みを強化している。
防衛費増額は「第三次世界大戦」の予兆か?
ここで、懸念されるのが「過剰な軍拡が第三次世界大戦につながるのではないか?」という点である。以下にその可能性をいくつかの視点から検証してみよう。
地政学的な対立構造の深化
現在の国際構造は、以下のような「多極化構造」に向かっている。
- 西側陣営(NATO、日米豪)
- ロシア陣営(ベラルーシ、中東の一部)
- 中国主導のブロック(BRICS、グローバルサウス)
この三つ巴の対立構造は、冷戦期の「米ソ二極構造」よりも不安定であり、予測不能な要素を多く含んでいる。特に、情報戦、経済制裁、代理戦争など、従来型の戦争とは異なる「グレーゾーン戦」の拡大が、新たな軍事衝突を誘発する可能性がある。
核兵器と抑止の限界
冷戦期においては「相互確証破壊(MAD)」が核戦争の抑止力として機能していたが、現在はより多様な戦争形態が存在しており、核抑止が完全な安全保障を提供していない。ロシアがウクライナ戦争で戦術核使用を示唆したことは、核のタブーが崩れつつある兆候である。
中国も、台湾有事をめぐってアメリカとの核バランスを再構築しつつあり、偶発的な衝突が地域紛争を世界大戦に発展させる懸念は拭えない。
経済と社会の不安定化
軍事費の増額は、当然ながら国家財政に重い負担をかける。ヨーロッパ諸国の中には高齢化、社会保障費の増大、エネルギーコストの高騰など、他にも多くの課題を抱えている国が多い。国民生活を圧迫する中で軍備拡張が進めば、社会的な不満や極右・極左勢力の台頭を招き、国内政治の不安定化がさらなる外交的緊張を生む可能性がある。
今後のシナリオ
最悪のシナリオ:限定戦争から全面衝突へ
仮にロシアがバルト三国へ侵攻し、NATOがこれに軍事的に対応した場合、条約上「対NATO全体への攻撃」とみなされ、集団的自衛権が発動される。これがきっかけでロシアとNATOが全面戦争に突入し、さらに中国が台湾に対して武力行使を開始すれば、複数の戦線が同時に発生する可能性がある。
ここで核兵器が用いられた場合、人類史上初の「核を含む世界大戦」となる可能性も否定できない。
中間シナリオ:冷戦的対立の長期化
全面衝突には至らずとも、西側諸国と中露との対立が長期化し、各国が軍拡を続けることで「第二の冷戦」が定着する可能性も高い。軍事的緊張は高止まりし、代理戦争やサイバー戦争が頻発するだろう。このシナリオでは、世界経済は分断され、技術覇権・通貨覇権をめぐる争いが激化する。
結論:軍拡が意味するもの
イギリスをはじめとするヨーロッパ各国の防衛費増額は、単なる軍備拡張ではなく、現在の国際秩序の不安定さに対する「保険」であるとも言える。だが、その「保険」が新たな火種となる危険も含んでいる。
第三次世界大戦の可能性は、決してゼロではない。それは「一瞬の誤算」や「偶発的衝突」が引き金となることが多いからだ。軍拡が平和への抑止力である一方、過剰な軍拡は緊張の悪循環を生むことを、歴史は何度も示してきた。
現在は、いわば「歴史の分岐点」にある。我々はその岐路において、冷静さと外交的知恵を持ち、再び世界が悲劇の連鎖に陥らぬように導かねばならない。
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