
はじめに
イギリスでは、死亡事故を含む重大な交通事故は非常に深刻に扱われる。運転者には法的、刑事的、そして経済的な責任が生じるため、もし万が一そのような事故を起こした場合には、人生が大きく変わることを覚悟せねばならない。本稿では、イギリスにおいて交通死亡事故を起こした際の処罰内容、交通刑務所の有無、そして賠償金や保険の実情について、法律的観点から深く掘り下げて解説する。
1. イギリスにおける交通事故の法律的な枠組み
イギリス(イングランド・ウェールズ法、スコットランド法、北アイルランド法を含む)では、交通事故に関する規定は刑法、道路交通法(Road Traffic Act 1988)や公共秩序維持法(Public Order Act)などに基づいて運用されている。
交通事故が死亡に至った場合、その事案は「重大な過失運転(Causing Death by Dangerous Driving)」あるいは「過失による死亡(Causing Death by Careless Driving)」といった罪に問われる。
以下に、それぞれの罪の内容を紹介する。
1.1 危険運転による死(Causing Death by Dangerous Driving)
これは最も重い罪の一つで、例えば以下のような行為が該当する:
- 非常に高速度での走行
- アルコールまたは薬物の影響下での運転
- 明確な交通違反(信号無視、逆走など)
- 明らかに不適切な追い越しや追突行為
刑罰としては:
- 最大で14年の懲役
- 無期限あるいは最低2年間の運転免許停止
- 延長された再試験(extended retest)の義務
1.2 不注意運転による死(Causing Death by Careless or Inconsiderate Driving)
この罪は、運転者に「明らかな悪意」はないが、「必要な注意義務を怠った」場合に問われる。
例:
- 携帯電話の使用
- 前方不注意による歩行者や自転車との接触
- 道路標識の見落とし
刑罰:
- 最大5年の懲役(ケースによる)
- 運転免許停止
- 再試験の義務
2. その他の関連罪
死亡事故を起こした場合、以下のような補助的または併合される罪も適用されることがある。
2.1 アルコール・薬物の影響下での運転による死(Causing Death by Driving Under Influence)
- 最大懲役:14年
- 飲酒・薬物検査拒否も別罪として加算される
2.2 無免許・無保険運転による死(Causing Death by Driving Without Licence or Insurance)
- 最大懲役:2年
- 実刑判決が出る可能性は高い
3. イギリスに「交通刑務所」は存在するのか?
結論から述べると、イギリスには日本のような「交通刑務所」という専門施設は存在しない。しかし、犯罪の性質や刑期の長短に応じて、刑務所(Prison)には以下のような分類がある:
- Category A(ハイリスク):殺人犯やテロリストなど
- Category B〜D(中〜低リスク):交通事故関連の犯罪者は通常Category CやDに収監される
つまり、交通犯罪に関する受刑者は一般の刑務所に分類され、特別なリハビリプログラムが組まれることはあるが、日本のような「交通専門の矯正施設」はない。
4. 民事責任:賠償金と保険の役割
死亡事故が発生した場合、加害者には刑事責任と並行して、民事責任が問われる。これは、遺族に対しての損害賠償責任である。
4.1 賠償の範囲
遺族が求める賠償金は以下の項目に分類される:
- 精神的苦痛に対する慰謝料(bereavement damages)
- 葬儀費用
- 将来的な収入損失(遺族扶養者であった場合)
- 医療費(救急搬送など)
- 弁護士費用
4.2 保険でどこまでカバーされるのか?
イギリスでは、自動車保険(motor insurance)は**第三者賠償責任(Third Party Liability)**が法律で義務付けられている。この保険が以下をカバーする:
- 相手方の死傷に関する損害賠償
- 財産への損害(車、建物、公共物など)
つまり、死亡事故で発生する遺族への賠償金は、通常は加害者の保険会社が支払う。
ただし、例外がある:
4.2.1 無保険または保険無効の場合
無保険状態で事故を起こした場合、賠償責任は加害者本人に直接課される。この場合、民事訴訟の結果として自己破産に至るケースもある。
4.2.2 犯罪行為とみなされた場合の保険拒否
極端な危険運転や飲酒・薬物による事故で、保険会社が「契約違反」と判断した場合、一部賠償金の負担が加害者に求められる可能性がある(regression)。
5. 被害者遺族への補償制度
イギリスでは、加害者の支払い能力や保険の有無に関係なく、被害者遺族を救済する制度が整っている。
5.1 MIB(Motor Insurers’ Bureau)
MIBは、無保険運転や当て逃げ(hit and run)による被害者救済のために設立された団体。保険に入っていない加害者によって死亡事故が起きた場合でも、MIBが一定の補償金を支払う。
申請には以下が必要:
- 警察の報告書
- 死亡証明
- 医療記録
6. 社会的・精神的影響と更生
交通死亡事故を起こした加害者は、刑罰や賠償責任以上に、社会的な非難や精神的負担を背負う。
- 雇用の喪失
- 家族・知人からの疎外
- PTSDやうつ病の発症
- メディアによる報道と社会的制裁
更生を目的としたプログラムも一部存在するが、日本ほど整備されておらず、主にチャリティ団体(BrakeやRoadPeace)などが支援活動を行っている。
まとめ
イギリスにおいて交通死亡事故を起こした場合、以下のような多層的な影響がある:
分類 | 内容 |
---|---|
刑事責任 | 危険運転:最大14年の懲役、不注意運転:最大5年 |
民事責任 | 遺族への賠償(慰謝料、収入補償など) |
保険の役割 | 通常は保険が賠償をカバーするが、無保険や契約違反時は自己負担 |
矯正施設 | 専用の交通刑務所は存在せず、一般刑務所へ収監 |
社会的影響 | 社会的制裁、精神疾患、再就職困難など |
救済制度 | MIBによる被害者補償が用意されている |
死亡事故は被害者遺族だけでなく、加害者の人生も一変させる重大な事象である。イギリスでは厳格な法律により、予防と責任追及の両面から交通安全が図られている。運転者一人ひとりの意識が、社会全体の安全につながることを忘れてはならない。
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