イギリスにおける犯罪者の家族の現実──引っ越しや「隠れる生活」を強いられる理由とその背景

犯罪は加害者個人の行為であるにもかかわらず、その影響はしばしば家族にも及びます。特に重大事件や社会的に大きな注目を集めた犯罪の加害者家族は、世間からの視線や偏見、さらには報復の危険にさらされることもあります。イギリスにおいても、犯罪者の家族が自発的に引っ越しや身を隠すような生活を選択するケースが存在します。本記事では、その社会的背景や制度的対応、家族が抱える課題と必要な支援について、より詳細に掘り下げていきます。

1. 犯罪者の家族に降りかかる「第二の罰」

1-1. 社会的制裁としてのスティグマ

犯罪を犯した本人が刑に服しても、その家族が「連帯責任」を問われるようなかたちで社会的制裁を受ける例は後を絶ちません。特に地方の小さなコミュニティでは、加害者の家族が顔見知りであることが多く、近隣住民や学校、職場といった日常生活の中で孤立や嫌がらせが発生します。

例えば、殺人事件や性犯罪といった重大事件の加害者家族は、「加害者を育てた責任」があるかのように扱われることがあり、学校に通う子どもがいじめに遭う、家の壁に落書きされる、無言電話が続くといった事例も報告されています。

1-2. メディア報道の影響

イギリスのメディア文化もこの問題を複雑にしています。特にタブロイド紙がセンセーショナルに犯罪を報道する際、家族構成や居住地域まで詳細に取り上げられることがあり、加害者の家族にまで注目が集まります。顔写真や実名が報じられた場合、SNSでの拡散により瞬く間に家族の情報が全国に広まることもあります。

2. 自主的な引っ越しの現実とその理由

2-1. 地域社会からの孤立と危険回避

前述のような社会的圧力から、加害者の家族は生活環境の変化を余儀なくされることがあります。これは法的な命令や制度によるものではなく、自身や家族の安全、精神的な安寧を守るための「自主的措置」です。

たとえば、ロンドン郊外で発生したある殺人事件では、加害者の家族が事件後わずか数日で引っ越しを決断。母親は「近所の誰とも目を合わせることができなくなった」と語っています。生活に必要な買い物すらままならず、日常的なストレスが限界に達していたと言います。

2-2. 子どもの教育と未来のために

引っ越しの背景には、子どもの将来を思っての決断もあります。事件後も同じ学校に通わせることで、子どもが同級生や保護者から好奇の目にさらされ、精神的な負担を抱え続けるリスクがあるため、新天地で「やり直す」ことを選ぶのです。

3. 証人保護制度とその限界

3-1. イギリスにおける証人保護制度の概要

イギリスには「National Witness Protection Scheme（全国証人保護制度）」が存在し、重大事件の証人やその家族に対して、身元を変更し新たな生活を提供する措置が取られることがあります。警察や内務省と連携して、居住地の変更、改名、新たな身分証明書の発行といったサポートが行われます。

3-2. 対象とされる「家族」の定義

ただし、この制度は原則として証人本人に焦点が当てられており、家族全体の保護はケースバイケース。特に犯罪者の家族が「危険にさらされている」という理由だけで証人保護の対象となることは稀です。そのため、自主的に生活を変える家族は、制度の網から漏れてしまう現実があります。

4. 犯罪者の家族が抱える課題

4-1. 経済的困窮

引っ越しには費用がかかります。さらに、家族の中で稼ぎ手が加害者であった場合、その収入源を失うことで生活は一層困窮します。引っ越した先で新しい仕事を見つけるのも容易ではなく、特に母子家庭では貧困の連鎖が深刻な問題となります。

4-2. 精神的健康の問題

世間からの非難や孤立、生活の不安定さは、家族の精神的健康にも大きな影響を及ぼします。うつ病やPTSD、不安障害などを発症するケースもあり、心理的なサポートが求められます。しかしながら、公的支援を受けるにも「犯罪者の家族」というレッテルがハードルとなることがあります。

5. 支援の必要性と今後の課題

5-1. 社会的理解と共感の促進

まず必要なのは、犯罪者とその家族を明確に分けて考える社会的な理解です。「加害者の家族＝共犯者」という誤解が根強く残っている限り、家族の社会復帰は困難です。学校や地域、メディアがこの認識を変えていく役割を担うべきです。

5-2. 政策としての支援強化

英国では、一部の慈善団体（たとえば「Families Outside」や「Prisoners’ Families Helpline」など）が犯罪者家族を支援していますが、国家としての取り組みは限定的です。今後は、心理支援、就労支援、転居支援といった包括的なサポートが政策として整備されるべきでしょう。