「抹茶ブーム」の幻想と現実:イギリス市場とインバウンド需要の冷静な見方

日本国内では、ここ数年「抹茶は世界で人気」「抹茶はインバウンド需要の目玉」といった言葉をよく耳にする。確かに、スターバックスの抹茶ラテや、海外で売られている抹茶キットカットなどの存在が、「抹茶は世界中でウケている」という印象を与える。しかしながら、この「抹茶人気」は本当に広く深いものなのだろうか?特に欧州、たとえばイギリス市場において、抹茶は本当に”一般層”にまで浸透しているのだろうか?

結論から言えば、抹茶は確かに一部の健康志向層や日本文化に関心のある人々に知られてはいるが、イギリス社会全体で熱狂的に受け入れられているわけではない。むしろ、それを騒ぎすぎているのは日本側である。そして、インバウンド需要における抹茶商品の人気も、「外国人がみな抹茶を求めている」というよりは、「訪日観光客だから抹茶くらい買う」という自然な流れに過ぎない。

本記事では、抹茶の本当の国際的立ち位置と、日本がそれにどう向き合うべきかを、特にイギリス市場の現状を軸に考察していく。


イギリスでの「抹茶人気」とは何か

ロンドンのヘルスコンシャスなエリアや、セレブリティに注目されるカフェで「MATCHA LATTE」と書かれた看板を見ることはある。確かに、Whole FoodsやPlanet Organicなどの高級オーガニックスーパーには、抹茶パウダーや抹茶入りスナックも陳列されている。しかし、それが「国民的なブーム」かと言えば、それはまったく別の話だ。

ロンドンに住む多くのイギリス人に「抹茶って知ってる?」と聞くと、「ああ、グリーンティーの一種でしょ?」と曖昧な返答が返ってくるか、「飲んだことはないけど、なんか健康に良いらしいよね」という程度の認識である。中には「抹茶って、味がちょっと泥っぽくて苦手」というネガティブな印象を持つ人も少なくない。

実際、ロンドンのカフェで「抹茶ラテ」をメニューに入れている店もあるが、オーダー数で言えば、圧倒的に多いのはカプチーノやラテ、フラットホワイトなどの定番コーヒーメニューである。抹茶ラテを頼むのは、主にヴィーガン、オーガニック志向、あるいは「ちょっと変わったものを飲んでみたい」層。ごく一部に限られているのが現実だ。


抹茶を飲む理由:「日本だから」ではなく「健康そうだから」

もう一つ重要なのは、イギリスで抹茶を飲む人々の多くは、それが日本の伝統文化だからという理由ではなく、「健康に良さそうだから」選んでいるという点だ。抗酸化作用があるとか、カフェインが控えめで持続的にエネルギーを得られるとか、そういった健康面のメリットが、マーケティングの中心になっている。

つまり、日本文化へのリスペクトではなく、「グリーンスーパーフードの一種」として受け入れられているにすぎない。これはアサイーやキヌア、チアシードと同じ文脈で、「珍しい=健康に良さそう」という図式に基づいた消費であり、必ずしも日本固有の価値として受け止められているわけではない。

このような状況で、「抹茶=日本文化が認められている証」と捉えるのは早計だと言える。


訪日外国人の「抹茶消費」は必然であって驚きではない

訪日観光客が抹茶アイスや抹茶キットカットを購入することを、あたかも「抹茶の人気の証明」のように語る論調もある。しかし、それはある意味で当然の行動だ。日本に来たからには「日本らしいものを試してみたい」と思うのは自然な心理だし、抹茶はその筆頭である。

しかしそれは、「抹茶が彼らの日常に深く根ざしているから」という理由ではない。日本に来た外国人観光客が抹茶商品を買うのは、抹茶が特別だからではなく、目立っていて、旅行の記念になりやすいからである。観光消費の延長にある一過性の行動を、恒常的な需要と混同するのは避けるべきである。


「日本茶をもっと輸出すれば売れる」は本当か?

抹茶や日本茶の輸出促進を訴える声は多い。しかし、それが成り立つのはごく一部のニッチ市場に対してであり、世界全体に通用するビジネスモデルではない。そもそもイギリスには紅茶文化が根強く残っており、お茶といえばミルクティーという固定観念がある。日本の煎茶や抹茶が、そうした習慣を覆すほどの魅力として受け止められるには、相当な時間と教育が必要だ。

また、抹茶を点てて飲むという習慣は、あまりに儀式的すぎて、日常に組み込まれることは難しい。結局のところ、「簡便さ」「飲みやすさ」「価格」などの面で、日本茶は現地の紅茶やハーブティーに勝てないことが多い。日本で日常的に急須でお茶を淹れる人が減っている現実を鑑みれば、海外にそれを求めるのも酷な話だろう。


本当に売れるのは「文化の背景」ではなく「利便性と味」

重要なのは、抹茶や日本茶を海外に広めたいのであれば、「文化」や「歴史」に頼りすぎず、現地の消費者にとってどんなメリットがあるのかを具体的に提示することである。

たとえば、抹茶がエネルギードリンクの代替になる、あるいは集中力を高める飲料として再定義されることで、オフィスワーカー層に浸透する可能性はある。逆に「茶道」や「侘び寂び」を前面に押し出したマーケティングは、観光客には刺さっても、日常の習慣としての定着には結びつかない。

また、抹茶味の商品が受け入れられるには、「苦味」や「土臭さ」の克服が必要だ。イギリス人の味覚にマッチするように、スイートな味わいやバニラとのブレンドなど、ローカライズ戦略が不可欠である。


「インバウンドに売れるのは当然」という現実と向き合う

抹茶商品がインバウンドで売れるのは、ある意味当然である。日本に来て、日本らしい体験をしたいと思う人にとって、抹茶は手軽に体験できる「日本らしさ」だからだ。だがそれを、「抹茶の国際的成功」と混同してはいけない。訪日観光客が買っているのは、「抹茶」そのものではなく、「抹茶風味の日本体験」である。

したがって、インバウンド消費に頼り切る戦略は脆弱だ。観光客数が減れば売上も一気に落ちる。そうした一過性の需要を、あたかも安定的な成長基盤のように扱うのは危険である。


まとめ:騒ぐ前に、冷静に見つめ直すべきこと

「抹茶は世界で大人気」と騒ぎたくなる気持ちは分かる。しかし、海外、とくにイギリスのような成熟市場においては、その人気はごく限られた層に限定されており、主流にはなっていない。インバウンド需要についても、訪日観光客の一時的な行動に過ぎず、そこに過度な期待を寄せるべきではない。

日本が本当に抹茶や日本茶文化を世界に広げたいと願うなら、「日本ではこうです」ではなく、「あなたの生活にどう役立つか」という視点からのマーケティングが必要である。文化の押し付けではなく、相手の生活に自然に溶け込む方法を考えなければ、いつまでたっても「一部の物好き」向けのままで終わってしまう。

「抹茶が騒がれている」という幻想を脱し、現実を見据えた戦略を立てるときが来ているのではないか。

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