イギリスの警察は優秀なのか?本当に市民を危険から守ってくれるのか?

はじめに

イギリス――この国は世界で最も歴史ある警察制度のひとつを持ち、警察官の装備や対応姿勢、地域との連携のあり方がしばしば他国のモデルとされることもある。その一方で、近年は警察の信頼性を揺るがす問題も浮上しており、「イギリスの警察は本当に市民を危険から守ってくれるのか?」という疑問が、国内外で議論されている。本稿では、イギリスの警察の制度的特徴や実績、直面している課題を踏まえながら、その「優秀さ」と「信頼性」について多角的に検証する。

イギリスの警察制度の特徴

イギリスの警察制度は、基本的に「コミュニティ・ポリシング(地域密着型警察)」に基づいている。つまり、警察は単に犯罪を取り締まるだけでなく、市民との信頼関係を築きながら地域社会に根ざした活動を行うことが求められている。これは19世紀初頭、ロンドン・メトロポリタン警察の創設者であるロバート・ピールの「ピール原則」に基づいたもので、警察は「市民の中から出た市民」であり、暴力ではなく合法的な権限と信頼をもとに秩序を保つべきだとされる。

このような理念のもと、イギリスでは以下のような制度的特徴が見られる。

  • 警察官の非武装制:通常の警察官は銃を携帯しない。武装警察(Armed Response Unit)は特殊部隊的な位置づけで、必要時のみ出動。
  • 地域ごとの独立性:イングランドとウェールズには約40の独立した警察機関が存在し、各々が自治体や警察委員会の管理下にある。
  • 市民の参加重視:パブリック・ミーティングや警察・犯罪委員(PCC)の選出など、市民の意見が制度設計に反映される機会が多い。

これらの仕組みは、暴力的な強制力よりも「合意」によって治安を守るという、独特な文化を形成してきた。

犯罪抑止・対応の実績

統計的に見ると、イギリスの犯罪率は1990年代後半から長期的には減少傾向にある。とりわけ暴力犯罪や住宅侵入などの「従来型の犯罪」は、監視カメラ(CCTV)の普及や警察による予防的パトロールの効果もあり、ある程度の抑止効果が見られる。

一方、以下の点では依然として課題がある。

  • 包丁犯罪(ナイフクライム):とくにロンドンでは、若年層を中心に包丁による傷害事件が多発しており、社会問題化している。
  • ネット犯罪・詐欺:デジタル化の進展に伴い、サイバー犯罪が急増。対応が後手に回っているとの批判もある。
  • 家庭内暴力:コロナ禍以降、家庭内暴力の通報件数が増加。警察の対応に地域差があり、十分に保護されないケースも。

優秀と言える理由

では、イギリスの警察は「優秀」なのだろうか?その評価においては、いくつかの指標が挙げられる。

1. 国際的な信頼と訓練制度

イギリスの警察官養成課程は厳格で、6か月以上の基礎訓練と現場研修が課される。近年では大学と連携した「警察学位制度(Police Constable Degree Apprenticeship)」が導入され、専門性の向上も図られている。また、英国警察は国際的な研修やコンサルティングも行っており、開発途上国の治安機関の支援にも関わっている。

2. 科学捜査の先進性

イギリスはDNA鑑定や監視映像分析において先駆的な技術を導入しており、重大事件の解決率を押し上げている。ロンドン警視庁(Metropolitan Police Service)や英国犯罪捜査局(NCA)は、ヨーロッパでも有数の捜査機関とされている。

3. 市民対応と透明性の高さ

ボディカメラの導入や、警察による行動記録の公開制度が整っており、市民からの監視の目が制度的に担保されている。苦情や不祥事に対しても、独立監査機関(Independent Office for Police Conduct)が調査を行い、一定の透明性が保たれている。

警察への信頼を揺るがす要素

とはいえ、イギリスの警察も決して万能ではない。近年ではむしろ、深刻な課題が次々と浮上し、警察に対する市民の信頼は低下傾向にある。

1. 不祥事の頻発

ロンドン警視庁では2021年以降、女性警察官に対する性加害事件や、警察官による殺人・暴行事件などが相次いで発覚。とくにサラ・エヴァラードさんの事件では、現職警察官が犯人だったことが国民の衝撃を呼び、警察文化そのものが問われた。

2. 差別的取締りの批判

黒人やアジア系住民に対する「Stop and Search(職務質問・所持品検査)」が、統計的に不均衡であることがたびたび指摘されている。これは制度的差別の温床とされ、人種間の緊張を高めている。

3. 財政削減の影響

2010年代の緊縮財政により、イングランドとウェールズの警察官数は一時期20,000人以上減少。結果として、通報しても警察が来ない、軽微な事件が放置される、といった市民の不満が高まった。

市民から見た「信頼」とは

「警察は市民を守っているか?」という問いに対して、統計調査によれば、イギリスの成人の約55~65%が「警察を信頼している」と回答している(ONS調査, 2023年)。この数値は国際的には高い水準だが、以前は70%以上であったことを考えると、警察の信頼性はやや低下傾向にあることがわかる。

特に若年層やマイノリティ層では警察への信頼度が低く、警察とコミュニティの断絶が深まっているケースも見られる。このような状況では、犯罪抑止どころか、警察の存在自体が地域の緊張を高める要因となりかねない。

では、警察をどうすべきか?

イギリスの警察が直面している問題は、単に制度の問題だけでなく、社会の多様性や経済格差の反映でもある。より有効に市民を守るためには、以下の改革が求められている。

  • 内部文化の見直し:ジェンダー平等、人種的多様性を尊重する警察文化の育成。
  • 予算と人員の再配置:地域ごとのニーズに応じた人員配分と装備の最適化。
  • AI・監視技術の適正利用:プライバシーを尊重しながら、最新技術を活用した犯罪予防。
  • 市民参加の強化:パートナーシップのもとで警察と市民が共に治安をつくる仕組み。

結論

「イギリスの警察は優秀なのか?」という問いに対する答えは、単純な「Yes」や「No」では語れない。確かに制度面では世界的に高い評価を得ており、一定の成果も上げている。一方で、内部の腐敗や市民との断絶といった深刻な課題もあり、信頼の維持は容易ではない。

警察は単なる「秩序の執行者」ではなく、「市民と共に暮らしを守る存在」であるべきだ。その理想を現実にするためには、警察自身の不断の改革と、市民の積極的な関与の双方が必要である。市民を本当に守る警察であるために、いまこそ警察制度の本質が問われているのではないだろうか。

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