トランプ関税とイギリスの現実:騒ぐ必要はあるのか?

2024年末にかけて、アメリカ大統領選に再び登場したドナルド・トランプ氏。再選の可能性が現実味を帯びてくる中、彼の掲げる「アメリカ・ファースト」政策の一環として再び注目を浴びているのが、通称「トランプ関税」である。

この関税政策は、アメリカ国内の製造業を保護するために、輸入品に対して高関税を課すというものである。前回の政権時にも、中国製品を中心に大規模な関税措置を行い、世界中の貿易体制を揺るがせた。今回も同様の流れが予想され、欧州諸国、特にドイツやフランスでは再び警戒感が高まっている。

ところが、このような騒動が起こる中、イギリス国内でも一部のメディアや政治家が「アメリカへの輸出が打撃を受ける」として懸念を示している。しかし、冷静に考えてみれば、イギリスがトランプ関税の影響を深刻に受ける理由はほとんどないのではないか。

本稿では、「イギリスは本当にトランプ関税で困るのか?」という疑問を出発点に、以下の視点から深掘りしていく。

  1. イギリスの製造業の現状
  2. アメリカへの輸出の実態
  3. 「メイド・イン・UK」に対する世界の需要
  4. 政治的アピールとしての“危機感”
  5. 本当の課題は「関税」ではない

1. イギリスの製造業の現状:もはや「工業国」ではない

かつてイギリスは「世界の工場」と呼ばれ、産業革命の中心地として知られた。鉄道、機械、繊維、そして造船業など、19世紀の世界経済を支えた国である。

だが、それは遥か昔の話だ。

現代のイギリスは、明らかに「製造業国家」ではない。GDPに占める製造業の割合は、2023年時点でわずか9.5%。これはドイツの20%や韓国の27%と比べるとかなり低い。産業構造の主軸はすでにサービス業、特に金融と不動産にシフトしており、いわゆる「ものづくり」は国の根幹から外れて久しい。

もちろん、製造業が完全に消えたわけではない。航空機部品や高級車(ロールス・ロイスやベントレーなど)といった一部のニッチ分野では一定の存在感を保っている。しかし、それらは大量生産によって貿易黒字を稼ぎ出す類の産業ではなく、ごく限られた顧客に向けた“贅沢品”に近い。

2. アメリカへの輸出:数字が語る“無関心”な関係

それでも「アメリカとの貿易に支障が出る」という声がある。では実際に、イギリスがアメリカにどの程度の物を輸出しているのか、統計を見てみよう。

2023年の英国の輸出総額は約8,200億ポンド。このうちアメリカ向けの物品輸出は約1,350億ポンドであり、全体の16.5%程度に相当する。一見すると少なくはないように見えるが、その中身を見てみると驚くべき実態が浮かび上がる。

主な輸出品目は以下の通り:

  • 医薬品およびバイオ関連製品
  • 飛行機用エンジンなどの航空機部品
  • 高級車
  • アルコール類(ウイスキーなど)

これらはいずれも「トランプ関税」のターゲットになりにくい製品群である。特に製薬や航空機部品はアメリカ企業と共同開発・共同生産されていることが多く、関税をかければアメリカ企業自身も打撃を受ける構造だ。

つまり、「トランプ関税でイギリスが苦しむ」という仮説には、経済的な根拠が乏しい。

3. 世界における「メイド・イン・UK」の需要とは?

さらに重要なのは、イギリス製品そのものの国際的な需要がどれほどあるのか、という問題である。

結論から言えば、イギリス製というだけでプレミアムがつく時代はすでに終わっている。たとえば日本の「メイド・イン・ジャパン」やドイツの「メイド・イン・ジャーマニー」には、依然として品質や信頼性といったイメージがある。だが、イギリス製品についてはどうか。

ウイスキーや紅茶、ロンドンブランドのファッションなど、いわゆる「文化的輸出」には一定の需要がある。しかし、実用品としての工業製品において、イギリス製をわざわざ選ぶ消費者は非常に限られている。

しかも、多くのブランド(例:MINIやジャガー・ランドローバー)はすでに外資系企業に買収されており、生産も中国やインドに移っている。ブランドは英国風でも、「中身」はすでに多国籍化されているのだ。

4. “危機感”という名の政治的演出

それにもかかわらず、なぜイギリスの一部政治家やメディアは「トランプ関税が大問題だ」と騒ぐのか。

その答えは、ほぼ間違いなく「国内向けのパフォーマンス」である。

ポスト・ブレグジットのイギリスは、貿易交渉のたびに「新たな経済パートナーとの絆」を強調しなければならない立場にある。アメリカはその中でも最大の交渉相手であり、「アメリカとの貿易が危機に瀕している」と訴えることは、政府の外交努力を正当化するための格好の材料になる。

また、「トランプが再選すると大変なことになる」という主張は、国内の反トランプ世論や親EU派をも動かしやすい。つまり、現実的な経済リスクというより、政治的な言説の道具として「トランプ関税」が使われている面があるのだ。

5. 本当に向き合うべき問題とは?

では、イギリスが本当に直面している貿易や経済の課題とは何なのか?

一つは、慢性的な生産性の低さである。製造業の空洞化と並行して、労働生産性も主要先進国の中で低迷している。教育やインフラへの投資不足も拍車をかけ、国内のイノベーション力も鈍化している。

もう一つは、貿易パートナーの多様化が進まない点だ。EU離脱以降、インドやアジア諸国との自由貿易協定(FTA)を模索してきたが、いずれもスピード感に欠け、目に見える成果は乏しい。アメリカとのFTA交渉も結局のところ停滞しており、「貿易立国としての方向性」が見えないまま漂っているのが現状である。

結論:トランプ関税はイギリスにとって“大きな問題”ではない

要するに、イギリスにとって「トランプ関税」はそれほど本質的な脅威ではない。製造業の存在感はすでに低く、輸出も限定的、影響を受けるような大量消費財をアメリカに売っているわけでもない。

もちろん、グローバル経済の一端として、どこかで間接的な影響はあるだろう。だが、メディアが煽るほどの大問題ではないことは明白だ。

むしろ、イギリスが本当に向き合うべきは、自国内の経済構造の再設計と、地政学的ポジションの再構築である。トランプが誰に関税をかけようと、イギリスがそれに振り回されるような国であってはならない。

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