パワハラ、カスハラ、モラハラ。日本では、以前はあまり耳にしなかった言葉が日常的に使われるようになった。「いつから、こんなにハラスメントの種類が増えたのだろう」と感じる人もいるだろう。
では、イギリスでも同じことが起きているのだろうか。
英国にも、職場でのいじめ、客からの暴言、相手を精神的に追い詰める行為は存在する。ただし、「被害が増えること」「被害が報告されやすくなること」「行為に名前が付くこと」は、それぞれ別の話だ。 分野によって数字の動きも異なり、あらゆるハラスメントが一様に増え続けているとは言えない。
まず、日本の「〇〇ハラ」という分類が、そのまま英国でも使われているわけではない。近い行為は、次のような言葉で説明される。ただし、完全に一対一で対応する法律用語ではない。Acas
| 日本でよく使われる呼び方 | 英国で近い行為を説明する表現 |
|---|---|
| パワハラ | Workplace bullying:職場でのいじめや、立場を利用した威圧・侮辱 |
| カスハラ | Customer abuse、violence and aggression:客や利用者による暴言、脅迫、暴力など |
| モラハラ | Emotional abuse、psychological abuse、bullying:関係性や行為に応じて使い分ける精神的な虐待・いじめ |
例えば、会議で特定の社員を繰り返し侮辱する、悪意のあるうわさを流す、一人だけに不当に重い仕事を与える。英国の労使関係機関Acasは、こうした行為を職場のいじめの例として挙げている。英国にも、日本でパワハラと呼ばれる行為に近い問題がある。Acas
また、家庭や交際関係で相手を見下し続ける、友人や家族から孤立させる、行動や金銭を支配する行為について、NHSは精神的な虐待の兆候として説明している。身体を殴られていなくても、深刻な被害は生じる。日本語の「モラハラ」に含まれる問題も、英国で認識されている。NHS
ただし、英国では「いじめ」と「法律上のハラスメント」の範囲を区別する必要がある。
イングランド、ウェールズ、スコットランドの職場に適用される2010年平等法では、人種、性別、年齢、障害などの保護される特性に関連する行為や、セクシュアルハラスメントなどが対象になる。尊厳を傷つけたり、威圧的・敵対的な環境をつくったりする行為について、状況や合理性も踏まえて判断される。Acas
そのため、日本で「パワハラ」と呼ばれる行為が、英国で全て同じ法律の対象になるわけではない。一方で、平等法上のハラスメントに該当しなくても、雇用主には従業員を害から守る義務があり、深刻ないじめが別の法的問題につながる場合もある。Acas
実際の被害の規模を知るうえで、分かりやすいのが小売業の調査だ。
英国小売協会BRCの「Crime Report 2026」によると、2024年9月から2025年8月までの期間における店員への暴力・暴言などは、1日当たり約1,600件。BRCが示す2019〜20年の約455件と比べ、依然として高い水準にある。
一方、前回調査の約2,000件からは減少している。調査方法の更新もあるため比較には留意が必要だが、BRC自身は改善の兆しと説明している。「以前より深刻な水準にある」という説明と、「直近でも増え続けている」という説明は、分けて考えたい。brc.org.uk
医療現場にも大きな問題がある。イングランドの2025年NHS職員調査では、過去12か月に患者、家族、一般市民からハラスメント・いじめ・暴言などを受けた職員は25.25%。およそ4人に1人に当たる。
一方、管理職から同様の被害を受けた割合は9.11%で、2021年の11.54%から低下している。同じ医療現場でも、相手や期間によって傾向が違う。nhsstaffsurveys.com
こうした数字を見ると、「イギリスにもカスハラやパワハラはあるのか」という疑問への答えは明確だ。ある。しかも、働く人にとって無視できない規模の問題になっている。
では、なぜ新しい問題が次々と現れているように感じられるのか。その一因として考えられるのが、これまで表に出にくかった被害が報告されるようになることだ。
同じNHS調査では、ハラスメント・いじめ・暴言などを経験した職員のうち、自分または同僚が報告した割合は、2021年の48.89%から2025年の54.89%に上がっている。報告される割合が変われば、組織が把握する件数も変わりうる。「相談が増えた」という情報だけでは、実際の被害がどれだけ増えたかは分からない。nhsstaffsurveys.com
逆に、報告が少ない職場だから安心とも限らない。英国の安全衛生庁HSEは、医療・介護分野では、暴力や攻撃を「仕事の一部」と受け止めてしまうことによる過少報告を指摘している。「接客だから仕方がない」「患者が相手だから我慢するしかない」という空気は、被害を見えにくくする。HSE
被害が起きる場所にも注意が必要だ。Acasは、いじめが対面だけでなく、SNS、メール、電話でも起こりうると説明している。オフィスや店舗で問題が見えなくても、画面や通話を通じて攻撃が続く可能性がある。Acas
制度面では、英国の雇用主に求められる対応も強化されている。
グレートブリテンでは2024年10月26日から、職場のセクシュアルハラスメントを防ぐため、雇用主に「合理的な措置」を取る義務が導入された。顧客など第三者からの性的な嫌がらせも予防の対象になる。Acas
さらに、2026年10月18日時点のAcasの案内によると、同月30日からは、性的な嫌がらせの予防に「全ての合理的な措置」が求められるようになる。顧客や取引先など第三者による、平等法上のハラスメントについても、雇用主の責任が強化される。従業員を守る仕組みを会社側が整えることが、より明確に求められている。acas.org.uk
もちろん、適切な業務指導や正当な苦情まで、全てハラスメントになるわけではない。Acasも、上司が個別に仕事の誤りを説明し、改善方法を伝える行為を、適切な管理の例として示している。何を伝えたのか、どのように伝えたのか、人格を傷つけたり威圧したりしていないかを、具体的に見る必要がある。Acas
「ハラスメント」という名前には、説明しにくかった被害を他人に伝えやすくする役割がある。名前だけで判断してしまえば、個々の事情は見えなくなる。被害の申告を真剣に受け止め、発言や行動、記録、職場の状況を調べることが大切だ。
英国でも、人を傷つける行為への対応は変わりつつある。その変化を確かめるには、被害の数字、報告される割合、企業の対応をそれぞれ見る必要がある。店員や部下、家族という立場にいる人が、侮辱や威圧を受け続けずに済むか。身近な場面でのその改善が、ハラスメント対策の成果になる。










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