AIが人類の未来を脅かす可能性を語る今、イギリスでは若者がすでに深刻な心の危機に直面している。仕事が見つからない。生活の見通しが立たない。精神的不調を抱え、社会とのつながりを失っていく。未来の危険への備えと同時に、政府は目の前の若者の命を守る責任を果たさなければならない。
2026年10月10日、サウスヨークシャーのヨークシャー・ワイルドライフ・パークで、ウィリアム・チャップマンさんがトラの飼育区画に入り、襲われて亡くなった。わずか23歳だった。遺族は、彼が長年にわたり重い精神疾患を抱えていたことを公表している。ITV News
精神疾患が今回の死にどう関わったかは、検死官の調査で判断される。現段階で自殺と断定することはできない。それでも、この出来事を若者への支援のあり方を考える契機にすることはできる。施設の安全対策とともに、本人や家族が必要な支援につながれていたかを丁寧に検証し、教訓を今後の支援に生かすべきだ。
公式統計は、若者の雇用と精神保健について次のような状況を示している。統計によって対象年、年齢区分、地域が異なるため、それぞれを明記した。
| 指標と対象 | 対象時点 | 数字 |
|---|---|---|
| 雇用率:英国全体、16~24歳 | 2024年10月~2025年9月 | 51.3%。前年の同じ期間より0.6ポイント低下。GOV.WALES |
| 失業率:英国全体、16~24歳 | 2024年10月~2025年9月 | 13.5%。前年の同じ期間より1.9ポイント上昇。GOV.WALES |
| 就学・就業・職業訓練のいずれにも参加していない若者:英国全体、16~24歳 | 2025年10~12月 | 約95万7,000人、12.8%。Office for National Statistics |
| うつ・不安などの一般的な精神疾患が確認された割合:イングランド、16~24歳 | 2023~2024年調査、2025年公表 | 25.8%。digital.nhs.uk |
| 不安・うつなどを主な状態としてPIPを受給する若者:イングランドとウェールズ、16~24歳 | 2024年10月、2025年の政府答弁に掲載 | 約6万1,500人。答弁表の重複しない受給区分を合計。UK Parliament |
| 自殺率:イングランドとウェールズ、15~19歳 | 2024年死亡登録、2025年公表統計 | 人口10万人当たり5.8人。researchbriefings.files.parliament.uk |
| 自殺率:イングランドとウェールズ、20~24歳 | 2024年死亡登録、2025年公表統計 | 人口10万人当たり10.2人。researchbriefings.files.parliament.uk |
雇用率51.3%を「残りの48.7%が失業している」と読むことはできない。16~24歳には学生も多く含まれる。失業率は、働いている人と、仕事を探してすぐ働ける人を合わせた労働力人口を分母にした別の指標だ。教育や仕事、職業訓練から離れている若者を表す「NEET」も、失業者だけを数えるものではない。GOV.WALES
その区別をしても、2025年末に約96万人の若者が教育や仕事、職業訓練から離れていたという規模は重い。全員が精神疾患を抱えているわけではないが、一人ひとりが社会とのつながりを保ち、必要な支援を受けられる仕組みが求められる。
精神的不調の増加は、長期の調査でも確認できる。NHSの成人精神保健調査では、イングランドの16~24歳で、うつや不安などの一般的な精神疾患が確認された割合は、2007年の17.5%、2014年の18.9%から、2023~2024年には25.8%へ上昇した。 約4人に1人という水準だ。これは調査による症状の評価であり、全員が重い精神疾患を診断されているという意味ではない。digital.nhs.uk
経済的な支援を必要とする若者の人数にも変化が表れている。2025年3月の政府答弁に掲載された表を集計すると、不安・うつなどを主な状態としてPIPを受給していた16~24歳は、2021年3月の約2万7,000人から、2024年10月には約6万1,500人へ増えた。約2.3倍である。 元の人数は100人単位に丸められているため、合計も概数となる。受給者数の変化には認知や申請など複数の要因が関わり得るため、この増加をそのまま病気の発生率と同一視することはできない。UK Parliament
PIPは、長期の病気や障害によって生じる生活上の追加費用を支える給付だ。日本の生活保護とは制度が異なり、働いていても受給できる。したがって、この約6万1,500人を全員「働けない若者」と呼ぶことも適切ではない。数字が示すのは、日常生活に支援を必要とする若者の存在である。GOV.UK
命に関わる危機も見過ごせない。表に示した年齢別自殺率は、2025年に公表された2024年の死亡登録統計である。雇用統計の16~24歳とは年齢区分が一致せず、死亡登録の年と実際に亡くなった年が異なる場合もある。researchbriefings.files.parliament.uk
その後公表された2025年の統計でも、イングランドとウェールズでは全年齢で6,162件の自殺死亡が登録された。 年齢調整した率は人口10万人当たり11.3人で、前年の11.4人とほぼ同水準だった。自殺率が毎年一方向に上昇しているとはいえない。しかし、命を失う人がこれだけいるという事実は、予防への取り組みを続ける十分な理由になる。Office for National Statistics
NHSの2023~2024年調査では、16~24歳の31.5%が、それまでの人生で自殺を考えた経験を報告した。 これは年間の自殺死亡率ではなく、生涯における経験の割合である。それでも、若者が抱える苦痛を、表面上の行動や就労状況だけから判断してはいけないことが伝わる。NHS England Digital
就職難と生活苦への対応も、精神保健政策の一部である。NHSの同じ調査では、若者に限定しない成人全体で、返済困難などの深刻な債務問題を抱える人の39.0%、失業者の40.0%に、一般的な精神疾患が確認された。これらの数字だけで因果関係を断定することはできないが、生活の困難と精神的不調を別々に扱う政策では、必要な支援を取りこぼしかねない。NHS England Digital
飲酒や違法薬物の問題を抱える若者には、精神保健と依存症の支援を連携させる必要もある。NHSは、アルコールの乱用や薬物使用が精神的不調に関わり得ると説明している。一方、若者全体の危険な水準以上の飲酒は、NHS調査では長期的に減少している。若者の心の危機を、飲酒や薬物だけで説明することはできない。NHS
政府はすでに、若者を重点対象に含めるイングランドの自殺予防戦略を策定し、2025年には就労・教育支援の「Youth Guarantee」の拡大を発表している。政策は存在する。これから問われるのは、困っている若者が必要な時に実際に利用でき、支援を継続して受けられるかどうかだ。GOV.UK
学校や大学を離れた後も相談できる窓口、年齢によって途切れない治療、住居や債務の相談とつながる支援が必要だ。働ける状態に回復した若者には、体調に合わせて仕事を試し、つまずいた時にも生活を立て直せる道を用意する。政府は待機期間や支援の継続率、就学・就労への復帰などの結果を確かめ、改善を続けるべきである。
統計から、動物園で同じ出来事が再び起こると予測することはできない。しかし、若者の精神的不調の規模と、生活の困難との関連はすでに示されている。政府には、この警告を受け止め、危機に至る前の支援を厚くする責任がある。
「AIに殺される前に、この社会に殺されていく」という危機感が問いかけるのは、現在の社会が若者に生き直す機会を用意しているか、ということだ。 精神的不調を抱える若者にも、治療を受け、生活を立て直し、将来を選び直す可能性がある。その可能性を支えることを、政府は後回しにしてはならない。










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