バレンタインデー(Valentine’s Day)は、いまや世界中で「愛を伝える日」として知られていますが、 その成り立ちやイギリスでの実際の過ごし方は、日本のバレンタイン像とはかなり違います。 ここでは、ローマ時代までさかのぼった歴史、ヨーロッパで「恋愛の日」になっていった背景、 そして現代イギリスでのリアルなバレンタインの習慣までをまとめて紹介します。 長い歴史の中で少しずつ形を変えながら、今の「カードと花とディナー」のスタイルに落ち着いた―― という流れが見えてくるはずです。
1. バレンタインデーの歴史をざっくり整理する
バレンタインの起源は大きく3つの層が重なってできたと考えると整理しやすいです。
- 古代ローマ起源の「2月中旬の祝い」
- キリスト教の殉教聖人「聖バレンタイン」への敬意
- 中世イングランドで発達した「恋愛は気高いもの」という文化
1-1. 古代ローマの「ルペルカリア祭」
2月13〜15日ごろに行われていたローマの祝祭ルペルカリア(Lupercalia)は、 春を迎える前の「浄化」や「多産」を祈る行事でした。若い男性が動物の皮をまとって走り回り、 それで女性を軽く叩いて「子宝・健康」を祈るという、かなりプリミティブな儀式です。 後世の「2月中旬=恋・結びつき・新しい季節」という感覚は、このあたりの風習と重なります。
1-2. 聖バレンタイン伝説
3世紀ローマ皇帝クラウディウス2世の時代、兵士の士気を保つために「若者の結婚を禁止した」という話があります。 それに反対して、こっそり恋人たちを結婚させていたのが聖職者バレンタインで、彼は捕らえられ殉教した―― というのが最も有名な伝承です。これが「バレンタイン=恋人を守った聖人」というイメージの起点になります。
なお、歴史的には「バレンタイン」という名前の殉教者は複数いて、物語が混ざっている可能性が高いと言われます。 つまり完全に一本の史実があるというより、愛と献身のシンボルとして後世に再解釈されたと考えると自然です。
1-3. 中世イングランドで「恋愛の日」になる
バレンタインが本格的に「恋人たちの日」らしくなるのは中世以降です。 14世紀、詩人ジェフリー・チョーサーが「2月14日は鳥たちがつがいを選ぶ日」と詩の中で書いたことで、 「2月14日はロマンティックな日」という文脈がヨーロッパ(特にイングランド・フランス)に広がりました。 当時の貴族社会では「宮廷風恋愛(courtly love)」が流行しており、高貴でプラトニックな恋を手紙で交わす文化がありました。 バレンタインはそこにとてもよくはまったのです。
つまり、聖人の記念日 + 春を待つ習慣 + 宮廷での恋文文化が合体して、 「2月14日は恋する人に贈り物や手紙を送る日」ができあがりました。
2. 産業革命が「バレンタインカード」を大衆化した
18〜19世紀になると、イギリスでは郵便制度が発達し、印刷技術も進みます。 その結果、「手書きで恋文を出す」だけだったバレンタインが、 レースや花柄が印刷されたおしゃれな “バレンタインカード” を買って送るイベントへと変化しました。
ヴィクトリア朝の人々は感情をストレートに表すのが苦手でしたが、カードであれば “From your secret admirer(あなたの秘密の崇拝者より)” といった少し大胆な言葉も送りやすかったのです。
今日のイギリスでも、バレンタインの中心にあるのはやっぱりカードです。 スーパーやカードショップには1月末ごろから専用コーナーが並び、 パートナー・婚約者・夫婦向けだけでなく「Boyfriend / Girlfriend / Fiancé(e)」など関係別のカードが豊富に出ます。
3. 日本と違う!イギリスのバレンタインの基本形
日本の「女性からチョコを渡す」「義理チョコ・友チョコ」文化は、戦後の日本でお菓子メーカーが広めた独自スタイルです。 英語圏・特にイギリスでは、このパターンは基本的に存在しません。
- 男女どちらから送ってもOK(どちらか一方に固定されていない)
- チョコだけでなくカード・花・小さなギフトが主役
- 「好きです」と告白する日より、すでにいる相手への感謝の日になりがち
- 職場や友人にバラまく文化はあまりない(親しい人だけ)
特にポイントなのは「すでに関係がある人に送る」割合が高いことです。 夫婦・パートナー・長年一緒にいるカップルが、改めて “I love you” をカードで伝える日という感じです。 なので、渡す側・もらう側が固定されることはあまりなく、お互いにカードを交換するケースも多いです。
4. イギリスでよくあるバレンタインの贈り物
「カード+何か一つ」がもっとも多い形です。具体的には次のようなものが人気です。
4-1. カード
すべての中心。メッセージは短くても本気度が伝わるので、 “To my lovely wife”, “To the one I love” など、丁寧で気持ちのこもった書き方が好まれます。 ユーモア好きなカップルはちょっとふざけたカードを送り合うこともあります。
4-2. 花(特に赤いバラ)
赤いバラは「情熱の愛」の象徴として定番。2月14日直前は花屋の値段が上がるので、 早めに予約する人もいます。パートナーの職場に花束を届けるサプライズもまだまだ人気です。
4-3. チョコレート・お菓子
日本ほど「チョコ=バレンタイン!」ではありませんが、ハート型チョコや高級チョコを贈る人もいます。 お酒入りのものや、ヴィーガン対応のものなど、近年は選択肢が増えています。
4-4. ディナー・外食
ロンドンなど都市部では、バレンタイン前後の週末にレストランがカップル向けコースを用意します。 “Valentine’s Weekend Menu” などと書かれていて、2人分のプリフィクス・グラスワイン付き…という形です。 「モノをあげる」よりも「一緒に過ごす体験」を重視するカップルも多いです。
5. “Secret Valentine” という遊び心
バレンタインカードには、差出人の名前を書かずに “From your secret admirer” とだけ書く伝統があります。 「あなたのことをひそかに想っています」という意味で、ややロマンチックな、でもちょっとミステリアスな送り方です。
これがあるので、イギリスでは好きな人にいきなりカードを送ることも不自然ではありません。 日本の「いきなり本命チョコ」より、心理的ハードルが少し低いのが特徴です。
6. 子どものバレンタインはどうなっている?
アメリカほど「クラスみんなにカードを配る」文化はイギリスには強くありませんが、 小学校で「家族にバレンタインカードを作ろう」というクラフトをすることはあります。 つまり、イギリスではバレンタインは大人がロマンチックに楽しむ日でありつつ、 子どもには「家族に感謝を伝える日」として紹介されることもある、という2層構造になっています。
7. 現代イギリスでの変化:多様な“愛のかたち”へ
ここ10年ほどで、イギリスでもバレンタインがよりインクルーシブになりました。 カードショップには “To my husband”, “To my wife” のほか “To my partner” “To my fiancé/fiancée” といったジェンダーニュートラルな表現のカードが並びます。 同性カップル向けデザインも普通に売られており、「愛を祝う日」という本来の趣旨が広がっています。
また、2月14日そのものでなくても、2月中旬に友達同士で食事をして “Galentine’s Day”(女性同士で友情を祝う日)をする若い世代も増えています。 恋人がいないからといって「何もしない」ではなく、人とのつながりを祝う機会に変えてしまう動きです。
8. 日本の読者向けのポイントまとめ
- イギリスでは女性から男性へ一方的にチョコを渡す日ではない
- お返しの「ホワイトデー」は基本的にない(3月14日が定着していない)
- カードが主役で、メッセージが大事なので、短くても英語で書くと喜ばれる
- 夫婦・長年のパートナーでもちゃんと祝う(むしろ結婚後にこそ続ける)
- レストランや花屋が混むので2月14日にこだわらず週末にずらす人も多い
つまり、イギリスのバレンタインは「恋人がいないと参加できない日」ではなく、 「大事な人に『あなたは特別だよ』と伝える年に一度のきっかけ」として存在しています。
9. すぐ使えるバレンタイン英語メッセージ例
最後に、実際のイギリスのカードにもよくある言い回しをいくつか。
- Happy Valentine’s Day to the one I love.
- To my wonderful wife, with all my love.
- You make every day feel special.
- Be my Valentine.
- From your secret admirer.(名前を書かない時)
これに、自分の言葉を一文だけでも足すと一気に“本場っぽく”なります。
10. おわりに
バレンタインデーは、ローマ時代の春の祭りや聖人伝説といった宗教的・古代的な要素が起点にありながら、 中世の恋愛文化・ヴィクトリア朝のカード文化・そして現代のインクルーシブな愛の形へと、 約2000年かけて少しずつ姿を変えてきました。
イギリスに住んでいる人・イギリス人のパートナーがいる人は、 「日本式にチョコをあげる」発想をいったん横に置いて、 カードで気持ちを伝える/花を贈る/一緒に過ごす時間をつくる というイギリス式を取り入れてみると、ぐっと現地の暮らしになじむはずです。
英国生活サイト編集部のつぶやき
日本にいたときは、義理チョコでも会社の女性からもらえると嬉しかったものです。
上の記事では「男女どちらからでもOK」となっていますが、実際のイギリスでは、男性が女性に花やチョコを贈るのが主流です。
日本にいた頃は、花を買って持ち歩くのが少し気恥ずかしい感じがしましたが、イギリスでは花を持っている男性が少しかっこよく見えてしまいます。これは、私の感覚がマヒしているからでしょうか。










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