自由を失いたくないカップルと、子どもをこの世界に送り出したくない世代
かつてイギリスでは、結婚し、家を買い、子どもを持つことが、ごく自然な人生の流れと考えられていた。しかし今、その価値観は大きく変わりつつある。
近年、イギリスでも「子どもを持たない」という選択をするカップルが増えている。理由は単にお金がないから、家が高いから、保育料が高いから、という現実的な問題だけではない。もっと根本的なところで、若い世代の人生観そのものが変わっている。
大きな理由は、主に二つある。
一つは、子育てによって自分の自由を奪われたくないという考え。
もう一つは、今のような不安定な世界に、自分の子どもを送り出したくないという考えである。
イギリス国家統計局のデータでも、イングランドとウェールズの合計特殊出生率は2024年に女性1人あたり1.41人となり、3年連続で過去最低を更新した。これは人口を維持するために必要とされる約2.1人を大きく下回っている。
子育ては「幸せ」ではなく「制限」と見られ始めている
これまで子どもを持つことは、人生の充実や家族の完成というイメージで語られてきた。しかし、今のイギリスでは、子育てを「喜び」よりも「制限」として見る人が増えている。
子どもが生まれれば、生活は大きく変わる。
自由に旅行へ行くことも、夜に出掛けることも、転職や引っ越しを気軽に決めることも難しくなる。仕事、家事、保育園、学校、医療、教育費。その全てが親の人生に重くのしかかる。
特にイギリスでは、住宅費、家賃、保育料、生活費の上昇が続いており、若い世代にとって「子どもを持つこと」は、もはや自然な選択ではなく、大きな経済的・精神的リスクになっている。
そのため、子どもを持たないカップルの中には、「自分たちの時間を大切にしたい」「キャリアや趣味、旅行、自由な生活を犠牲にしたくない」と考える人が少なくない。
これは単なるわがままではなく、社会全体の価値観が変わった結果でもある。昔のように「親になることが当たり前」という時代は、すでに終わりつつある。
「こんな世界に子どもを産みたくない」という不安
もう一つの大きな理由は、将来への悲観である。
気候変動、戦争、物価高、住宅危機、犯罪、政治不信、医療制度の限界。こうした問題を見て、「この世界に子どもを送り出すこと自体がかわいそうだ」と考える人も増えている。
特に若い世代は、SNSやニュースを通じて、世界中の問題を常に目にしている。昔なら遠い国の出来事だったものが、今では毎日スマートフォンの画面に流れてくる。
その結果、「自分の子どもが大人になる頃、この国はどうなっているのか」「住宅は買えるのか」「まともな医療や年金は残っているのか」「安全に暮らせる社会なのか」と考え、子どもを持つことに慎重になる。
YouGovの調査でも、親ではない18〜24歳のイギリス人のうち、13%が「将来も子どもは欲しくない」と答え、30%が「今は欲しくないが、将来的には可能性がある」と回答している。若者の間で、親になることを当然視しない考え方が広がっていることが分かる。
イギリスの少子化はすでに現実になっている
少子化は、もはや日本や韓国だけの問題ではない。イギリスも確実にその道を進んでいる。
2024年のイングランドとウェールズの出生数は594,677人で、2023年よりわずかに増えたものの、出生率そのものは過去最低を更新した。つまり、人口に対して生まれる子どもの割合は下がり続けているということだ。
さらに、出生率の低下と平均寿命の延びによって、イギリスの人口構造は急速に高齢化している。ONSの2024年ベースの人口予測では、2024年から2034年までの10年間で、子どもの数は約160万人減少する一方、年金受給年齢の人口は約180万人増加するとされている。
つまり、これからのイギリスでは、子どもは減り、高齢者は増える。
学校よりも介護施設が必要になり、若者よりも年金受給者が社会の中心になっていく。
老人だらけの社会は、もう遠い未来ではない
少子化が進めば、社会全体のバランスは崩れていく。
働く世代が減れば、税収は減る。
一方で、高齢者が増えれば、医療費、介護費、年金負担は増える。
つまり、少ない若者が、多くの高齢者を支えなければならない社会になる。
これは単なる人口の問題ではない。経済、医療、住宅、教育、労働市場、社会保障の全てに影響する。
若者が減れば、街の活気も失われる。
学校は閉鎖され、地方のコミュニティは縮小し、働き手不足はさらに深刻になる。
その一方で、病院や介護サービスには高齢者があふれる。
イギリスは移民によって人口減少をある程度補ってきた国だが、出生率の低下そのものを止めなければ、社会の高齢化は避けられない。
問題は「子どもを産まない人」ではなく、産みたいと思えない社会
ここで重要なのは、子どもを持たない人を責めることではない。
むしろ問題は、若い世代が「この社会で子どもを育てたい」と自然に思えなくなっていることだ。
家賃が高すぎる。
保育料が高すぎる。
仕事は不安定。
将来は見えない。
社会は分断され、世界は不安定。
そのような環境で、「安心して子どもを産み育ててください」と言われても、多くの人にとって現実味がない。
自由を失いたくないという考えも、子どもを不安な世界に送り出したくないという考えも、冷たい考え方ではない。むしろ、今の社会を冷静に見た結果として生まれている。
イギリスの未来は、静かに老いていく
イギリスは今、大きな転換点に立っている。
かつては若者、移民、労働力によって成長してきた国だが、今後は高齢化と出生率低下という現実に向き合わなければならない。
子どもを持つことが当たり前ではなくなった社会。
自由を優先するカップルが増える社会。
将来に希望を持てず、子どもを産むことにためらいを感じる世代。
その先にあるのは、若者よりも高齢者が目立つ、静かに老いていくイギリスの姿である。
少子化は、ある日突然起きる危機ではない。
気づいた時には、すでに学校の生徒が減り、働き手が減り、社会を支える人が足りなくなっている。
イギリスでも、「子どもを持たない選択」は個人の自由として尊重されるべきだ。
しかし同時に、その選択が急速に広がっている背景には、社会そのものへの深い不信と不安がある。
このままでは、イギリスもまた、子どもの声よりも高齢者のため息が目立つ国になっていくのかもしれない。










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